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新型コロナで激変するオーストラリアの「移民問題」

日本人永住者も「対岸の火事」ではない

 少なくともコロナの前までのオーストラリアは、極めて差別の少ない国だったと筆者は思う。この国に20年以上住んでいるが、あからさまな差別に遭うことはそうはない。

 何年間に一度は中指を立てられて、「このアジア人がっ!」とののしられることはある。こう書くと「それは差別されていることではないか」と思われるかもしれないが、必ずしもそうではないと筆者は考えている。

 平気で中指を立てるような人間は、そもそも「その程度の人間」なのだ。彼らはアジア人や黒人にだけでなく、たとえ白人に対してでも息巻いて、相手のどこかをあげつらってけんかを吹っかけてくるようなやからに違いない。背が低い相手ならそこを。太っている相手ならそこを。性的マイノリティーならそこを。

 そういう人たちに中指を立てられたからと言って、「オーストラリアでは差別がひどい」というのは、「木を見て森を見ず」だ。差別のない世の中を目指している多くのオーストラリア人に対しても失礼だと思う。

 第2次世界大戦では敵国同士で戦ったこともあり、「祖父が日本人との戦争で殺された」という人と会うこともあるが、それでも私たち日本人は「同じ常識を共有できる人たち」と見なされている。

 だがそれもオーストラリア人に心の余裕があったからかもしれない。

コロナ禍で不況は今後10年ほど続くという予想もある。政府はいつまでも休業補償金を払い続けるわけにはいかない。失業率は高まり、年収が減る人も増えるだろう。

 そんな状況が続けば「仕事を奪ったり、よそからやってきて生活保護を受けたりするだけ」の移民や難民が「諸悪の根源」と思われる可能性もある。今後「移民・難民排斥」が起きる危険性がないとも言えない。特に現在、中国との関係が悪化し、またメルボルンで感染爆発を起こした高層公共住宅に住む3000人のうち200人ほどが中華系という報道もある中、白人にとっては見分けがつきにくい日本人も標的になる可能性もゼロとは言えない。決して「ひとごと」とは言い切れないのだ。

 新型コロナウイルスが壊すのは、人のカラダだけではない。じわじわと人の心や、人と人との信頼をむしばんでいく。

 その危険性を理解し、そうなることを避けることも、「コロナ後」の重要な課題だろう。これはもちろんオーストラリアなどの移民国家だけの話ではない。留学生や技能実習生を多く受け入れている日本の課題でもある。

柳沢有紀夫(やなぎさわ・ゆきお) 文筆家。1999年にオーストラリア・ブリスベンに「子育て移住」を敢行。世界100カ国300人以上のメンバーを誇る現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える!』(朝日新書)、『ニッポン人はホントに「世界の嫌われ者」なのか?』(新潮文庫)、『ビックリ!! 世界の小学生』(角川つばさ文庫)など同会のメンバーの協力を仰いだ著作も多数。

(2020年7月掲載)

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