昨年のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で活躍したWTB福岡堅樹(27)=パナソニック=が、7人制で目指していた東京五輪出場を断念した。新型コロナウイルスの感染拡大による五輪の1年延期で動向が注目されていた中、もともと抱いていた医者になる夢を優先。今後は医学部進学のため本格的に受験勉強に取り組み、15人制も含めて日本代表から引退する。ニュージーランド(NZ)、アイルランドなど強豪国のメディアもこの決断を報じた。世界的WTBとして評価されるようになった福岡の歩みを振り返ってみたい。(時事通信運動部・鈴木雄大)
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最初にその名を全国にとどろかせたのは「花園」だった。福岡高で出場した2010年度の全国高校大会。本郷高(東京)との1回戦で、ラストプレーで劇的な逆転トライをもたらした。狭い左タッチライン際を60メートル以上も快走。土壇場で爆発的なスピードを見せつけた。
筑波大でもトライゲッターとして活躍した。日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチに素質を買われ、13年に20歳でテストマッチ初出場。同年の欧州遠征でスコットランドから2トライを挙げるなど、代表のホープと目されるようになった。
課題克服、リオで金星
だが、壁にぶつかる。15年W杯イングランド大会で念願のメンバー入りを果たしたものの、WTBとしては3番手。日本は南アフリカからの歴史的勝利を含む3勝と躍進したが、福岡が出場したのは唯一の黒星を喫したスコットランド戦だけで、得点に絡む活躍もできなかった。「チームが結果を出したのはうれしいが、個人としては全く満足していない」。
課題は自覚していた。トップスピードで何度も繰り返して走れる体力と、防御技術の不足。7人制で16年リオデジャネイロ五輪に挑戦する過程で、この2点の改善に努めた。「セブンズでは何度も全力でスプリントしないといけない。タックルも大事」。厳しかった五輪代表選考レースを勝ち抜いた福岡は、NZとの1次リーグ初戦でその成長ぶりを見せる。2点リードの終了間際、相手が最後の攻撃で自陣から大きくゲイン。しかし、はるか後方から追った福岡はゴール前でタックルを決めて逆転トライを阻み、優勝候補からの大金星を手繰り寄せた。瀬川智広監督は「最初から止められると確信を持って追っていた。あれは福岡しかできないプレー」。勢いに乗った日本は4強入り。福岡は「W杯よりも、チームに貢献できた」と1年前にはなかった達成感を味わった。
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