3月10日、ドイツ国内でも刻々と新型コロナウイルスの感染が拡大しつつあった。ドラッグストアでは消毒用ティッシュが売り切れていたが、欧州チャンピオンズリーグ(CL)、ライプチヒ(ドイツ)-トットナム(イングランド)戦は満員のスタジアムで行われた。トットナムのモウリーニョ監督は試合後の記者会見の冒頭で「この大変な情勢にもかかわらず、スタジアムに来てくれたサポーターに感謝したい」と神妙な顔で話した。
2日後、フランクフルトへ移動すると、スタジアムでいつも顔を合わせる地元記者に「よく来たね。怖くなかったか?」と、声を掛けられた。長谷部誠、鎌田大地が所属するフランクフルトがバーゼル(スイス)と対戦した欧州リーグの試合前だ。日本メディアは筆者1人。道中でのアジア人への差別を心配してくれたのかもしれないと、後から気付いた。彼はこう続けた。「こうやって取材できるのも最後だろうから、しっかり目に焼き付けよう」
この試合は前日の午後に急きょ、無観客で行われることが決まった。ドイツのメルケル首相が「病人やお年寄りが適切な医療処置を受けられないという事態を招かぬよう、われわれの連帯、良識のある行動、他への思いやりが試されます。サッカーの試合を無観客で行うか否かという次元の話ではないのです」と国民に訴えたところだった。
無観客試合をドイツ語では「ガイスター・シュピール(幽霊試合)」と呼ぶが、スタジアム周辺は、その言葉そのままの異様な雰囲気に包まれた。サポーターが事前に貼っていった横断幕のめくれを、試合前に警備員が丁寧に直していていた。「満員の幽霊たち」に見守られるように、サポーター番号である12番のついたジャージーを着て入場したフランクフルトだが、結局、0-3と惨敗した。試合後こそ「相手は(無観客という)難しい状況に対応していた。試合に臨むプロとしての自覚を示すことができなかった」と厳しかったヒュッター監督も後日、「今後への大きな不安も抱えていただろう」と選手たちを擁護した。
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