「グレー(ゾーン)だからこそ悩むんです」。
理彩さん(41)の長男の拓己君は、横浜市立飯島小学校の個別支援学級に通っている。同市では特別支援学級のことをこう呼んでいる。幼稚園の時に、発達障害の一種、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の傾向がある、と診断された。いわゆるグレーゾーンだ。
親にとって、わが子の障害という現実を受け入れるのか。それとも「個性の一つ」と割り切るのか。理彩さんは「最大の選択は、小学校就学時でした」と振り返る。
◇ ◇
「拓己はとにかく寝ませんでした。泣いてばかり」。
2008年9月、出産してすぐのことだ。新生児は、一般的にミルクを飲んで3時間眠る、の繰り返しだ。そのサイクルが全くなかった。
母乳を飲ませて寝かせようとしても、ベッドに背中が付いた瞬間に泣き始めた。理彩さんはストレスから母乳が出にくくなった。母子同室の総合病院だった。まだ、母乳信仰が強い時代でもあった。病院がミルクを足してくれることもなかった。
「周りのお母さんたちを見ると、聖母のように赤ちゃんを揺すって、ほんわかした空気が流れていたのに、うちのベッドだけ殺伐としていました。入院していた1週間で参っちゃいました。皆は普通にこなしているのに、私だけできない。私は駄目な母親なのかしら、と思ったのがスタートでした」
退院後も育てにくさは変わらなかった。
「育児書などでは、母乳を与えながら目を見て、話し掛けて、と書いてありますが、全く目が合わない。通じ合っている感じが全くしない。抱っこしても反り返って嫌がる。愛情の疎通ができない、母性が芽生えないというか。その時点でおかしいな、何かが違う、と思いました。でも、何が違うかは分かりませんでした」
拓己君は大人の男性を怖がった。工事現場で働いている人におびえ、道を迂回(うかい)するようになった。よその父親が子どもを遊ばせている公園は避けた。
児童館や子育てサークルに出掛けるようになった。「むすんでひらいて」などの手遊びの輪に入れなかった。突然音が鳴り始めるオルゴール時計を嫌った。結局、オルゴール時計を置いていない場所に、人が居ない時間を見計らって行き、遊具で遊ばせた。
「何かが違う」と、違和感を拭えない理彩さんは子どもの発達について調べ始めた。ひたすら育児書のページをめくった。答えはなかった。どこに相談しても答えは同じだった。「皆、そうよね。寝ないわよね。大変よね。でも、そのうちちゃんとするから」
拓己君が2歳の誕生日を過ぎたころ、区役所の子育て相談に試しに行ってみた。心理士がいたからだ。
「この場で診断は出ませんが、幼稚園に入っても心配だったら」と、療育センターのパンフレットを初めてもらった。同センターは、0歳から小学校期までの障害児に関する相談、診療、指導などを行う施設で、障害児の発達を促し、自立して生活できるよう支援している。
私立飯島幼稚園は、家からも近く、自然体験を重視する伸び伸びした雰囲気が気に入った。他の幼稚園を見学することなく、入園を希望した。
「入園面接は、ドキドキでした。他の子と同じように振る舞ってほしい。ぼろが出たら入れてもらえないんじゃないか」
幸い、飯島幼稚園は障害の有無にかかわらず受け入れてくれる幼稚園だった。拓己君の入園が決まった。
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