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人生の金メダルを 柔道の朝比奈、再出発

医師の道へも一歩

 

 柔道の前世界女王でありながら、キャリア最大の目標に掲げていた東京五輪の代表を逃すことになった。女子78キロ超級の朝比奈沙羅(23)=パーク24=が、脚のけがにも苦しんだ末に代表レースから脱落。落胆は大きかったはずだ。それでも、五輪イヤーの2020年が明けて行われた強化合宿では、明るい表情で稽古に取り組んでいる姿があった。「確かにモチベーションを維持するのは難しいけど、年末から年始にかけて、しっかり休養を取れた。今回の合宿から、また頑張っていく」。前向きに再出発を誓った。医大に合格している朝比奈は、医師になる目標にも突き進む。(時事通信運動部 岩尾哲大)

◇ ◇ ◇

 東京五輪の代表選考に関し、全日本柔道連盟は早期の代表決定を可能とするシステムを導入した。第1段階は19年の11月。女子78キロ超級は同年夏の世界選手権と11月のグランドスラム(GS)大阪大会を制し、強化委員会の3分の2以上の賛成を得た選手として、19歳の素根輝(そね・あきら=環太平洋大)が代表に決まった。このタイミングではただ一人、出場権を勝ち取った。

 GS大阪で朝比奈は、勝ち進めば決勝で素根と当たる組み合わせだった。だが、準々決勝でブラジル選手に一本負け。敗者復活戦と3位決定戦に勝って意地を見せたものの、素根に直接「待った」をかけることはできなかった。

 素根は決勝で、12年ロンドン五輪金メダルのイダリス・オルティス(キューバ)に延長の末に優勢勝ち。海外勢最大の強敵を相手に、世界選手権に続いて勝利を収めた。同選手権では指導三つに追い込まれたオルティスの反則負け。大阪では、投げて技ありを奪った意義も大きい。直後の強化委員会は、満場一致で素根を五輪代表に選んだ。

 朝比奈は素直に受け入れた。「自分の負け方も良くなかったし、彼女(素根)の勝ち方も良かった。『何で?』とはならなかったし、『これは決まったな』という感じだった。納得いく内容ではなかったけど、結果はしっかりと受け止められた」。けがに関して多くを語らなかった。

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