―中国でのウイグル人に対する態度はいつごろ厳しくなったのでしょうか。
2016年ごろ、何かが変わったのです。16年に中国に戻り、実家に帰省しました。父と妹と私、3人で荷物を持って駅に向かっているところ、男らにひどい言い方で荷物を開けるよう言われました。荷物を開けたら、彼らが服などの中身を全て粗雑なやり方で取り出しました。父も私も沈黙したままでした。反対しても仕方がないと理解していました。彼らは5分ほど中を調べ、何も問題ないことを確認した後、一言も言わず、そのまま配置に就きました。私が散らかったものを片付けようとしても、彼らは手伝おうともしませんでした。その時はひどい屈辱を感じました。実はこの時、あらかじめ実家に帰ると伝えたら、父に反対されました。ただ、父の言うことを聞かず、妹と一緒に実家に帰省しました。
こういう経緯から、父に「ほら、これが自分の故郷で受ける扱いだ。君たちはトルコで比較的に自由な生活を送っているが、ここはすべてが変わった。ここにいるなら、こうした扱いを受ける」と言われました。
世界は21世紀です。SNS経由で、米国の友達にいつでも連絡でき、投稿した写真をアルゼンチンの友達が「いいね」できます。しかし、自分の家族や親友については何も分からないのです。これは私たちにとって、肉体的にも、心理的にも、経済的にも困難なことです。キャンプに収容されている人たちの状態を想像すらできないのです。
―中国政府のウイグル人に対する態度が厳しくなった理由は何だと思いますか。
いくつかの原因があると思います。中国は21世紀に入り、少数民族への同化政策を強化しました。彼らはウイグル語を学校や教育から排除したり、宗教的な活動を禁じたり、ウイグル人の出国を制限したりし始めました。ただ、この同化プロセスもうまくいかなかったのです。ウイグル人はウイグル語を家で学び、非常に強い絆を持つコミュニティーです。ウイグル人には長い歴史があります。文化があります。だから、中国政府はウイグル人を同化しようとしてもできなかったのです。
これとは別に、2013年に中国政府が始めたシルクロード経済圏構想「一帯一路」も影響していると思います。この構想には、新疆ウイグル自治区のウルムチやカシュガルが含まれ、中国政府は地域の「安定」を求めています。ここでの安定とはすなわち、政府の指示を疑問視する人がいないことや、共産主義以外のイデオロギーを拒否することです。この観点から、宗教的あるいは文化的な少数民族らはすべからく脅威と見られています。
中国政府はウイグル人を管理するため、新たな試みを始めました。新疆ウイグル自治区全域をハイテク監視体制が設置される研究室に変えてしまったのです。ウイグル人は国家への帰属を示すため、宗教的、文化的、民族的なアイデンティティーを捨て、中国共産党を称賛し、神格化するよう迫られます。
私たちの地域は中国全土の6分の1を占め、とても広いです。高い山や広い砂漠もたくさんあります。また、ロシア、中央アジア諸国やパキスタンなど8カ国と隣り合わせです。中央アジアや中東、欧州への交通路であるシルクロードは私たちの地域を通っており、新疆ウイグル自治区は非常に重要になります。
中国のウイグル人対策の背景には、こうした事情があるのかもしれません。一度中国人の政治家が、ウイグル人問題に関して「中国は新たなことを試している。これは私たちの世界をより良くする」と話していました。現在新疆ウイグル自治区で行われていることは近いうちに、世界の他の地域でも行われる可能性があります。中国はアフリカなどにあるいくつかの権威的な国にハイテク監視体制を輸出しています。中国は、人権や信教の自由など国際的価値、リベラルな秩序に挑戦しているのです。
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