【地球コラム】新型肺炎、真実語らない政府の隠蔽体質

習氏指示で情報開示、「人災」見方強まる

 中国湖北省武漢市を「震源地」とする新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大は、「人災」ではないかとの見方が強まっている。最初の感染報告から40日以上がたった1月20日、習近平国家主席はようやく、「感染まん延の断固阻止」や「社会安定の維持」を求める「重要指示」を出した。その中で「迅速な情報開示」を徹底するよう命じており、ようやく全土から深刻な感染者情報が次々と明らかになった。

 習体制発足7年間で言論統制が強化され続ける中、社会の矛盾を暴きたくても統制されてきた中国の記者たちは真実を報道し、地元政府の対応を追及している。こうした報道から見えるのは、2003年に大流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の教訓をくみ取っていない地方の根深い「隠蔽(いんぺい)」「官僚」体質である。(時事通信社外信部編集委員・前北京特派員 城山英已)

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17年前SARSの教訓と「武漢封鎖」

 中国では1月25日の春節(旧正月)を前に、24日から1週間の大型連休に入った。これを直前に武漢市政府は23日から「特殊な事情がない限り市民は武漢を離れてはならない。市内の地下鉄・バスは運行停止にし、空港、鉄道駅の武漢からの出発通路も閉鎖」と発表した。武漢市は人口約1100万人の大都市。帰省ラッシュを迎えた中で異例の「武漢封鎖」を決断せざるを得なかったわけだが、既に「時遅し」の感が強い。24日午前現在で感染者は830人、死亡は26人に達したが、さらに拡大することは不可避だ。

 感染者8096人、死者774人を出したSARS大流行の際、筆者は北京に駐在していた。首都・北京のレストランやホテル、ショッピングセンターは全面的に閉鎖され、大通りを行き来する車や人はほとんどなく、閑散とした。深夜に青い回転灯を回して走る救急車を見て恐怖を感じた。「街は死んでしまった」という印象を持ったことを今も鮮明に覚えている。

 SARSは、2002年11月に広東省で感染が起こり、隣接する香港に飛び火し、翌03年3月には北京で流行し始め、爆発した。4月20日、北京で記者会見が開かれ、これまで北京市の発症者40人、死者4人とした感染情報を修正し、実際には発症者346人、死者18人だったと発表した。会見するはずだった衛生相と北京市長は会場に現れなかった。「情報隠し」を問責され、更迭されたからだ。3月に胡錦濤国家主席(当時)が選出される政治舞台である全国人民代表大会(全人代=国会)を控え、関係当局は「患者隠蔽」を選んだのだ。

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