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真のナンバーワン生まれる世界つくりたい 鈴木大地スポーツ庁長官

「私が世界一と言っていいのか」

 ―あれから31年がたちました。

 31年、早いですね。10年ぐらいのところで早いと思いましたが、あっという間ですね。水泳をやめて、さあどうするかとなっても当時はなかなか水泳で食べていけない時代でしたから、大学に残る道を選びました。もっとやり方があったのかもしれませんが。

 引退して思ったことは、プールのない国があるということ。飲み水もないような開発途上国の人たちにとって、プールがあって水泳をやるということは夢みたいなことだと。私もアフリカに行って水泳を教えたことがありますが、先に亡くなった中村哲さんのような方が飲み水を生み出してくれてその国の人たちはやっと生きていける。これはフェアじゃないなと。泳げるプールがあって、指導者がいて、そこでトレーニングをやった人たちがあちこちから出てきて戦い、そこで勝った人が初めて世界一だと思います。(環境が整っている)特定の人たちが集まって一番になったとしてもその中の一番に過ぎません。私が世界一だと言っていいのか。世界の五輪の金メダル争いと言われていますが、本当の世界一の舞台にしていかなければいけません。私は(2017年から)国際水泳連盟(FINA)の理事もやっていますが、FINAは世界中にプールを作ろうとしています。目標を持って、話し合いで決めて、FINAの資金で現実にプールはできています。世界の人たちがいつ来ても練習ができるプールも用意されています。

スポーツは人生の疑似体験

 ―これからスポーツを始める子供たちへ何か一言お願いします。

 最初にスポーツは楽しくないといけません。楽しくないとつまらない。私が水泳教室で指導するとき、5分から10分くらいは自由に遊ばせます。プールが楽しいと思って次もまた来てくれるように。日本のスポーツに欠けていた部分でしょう。日本の体育は、戦前の軍事教練から来ています。部活動でも厳しいトレーニングや激しいコーチングというのは、お互いにとって良くないこと。人間は本能で体を動かし、やりたいからやっている。その中でいろんなことを学んでいければいい。勝利のために努力することはいいが、勝ったらバンザイ、負けたら終わりの勝利至上主義ではいけない。勝ちも負けもよくあることです。勝ってもおごらず、負けてもくさらず、次に向かってそれぞれが動きだすことが一番大事なのだと思います。そして続けることに価値があります。

 勝ちの定義はさまざまだと思います。一番になる人は1人しかいません。90何バーセントの人は負ける。負けたからといって、何も得ないかというとそうではない。人生で勝ち続ける人はいません。挫折から学ぶことができます。そういう意味ではスポーツは人生の疑似体験だと言えます。勝っても負けても、まさに学びです。目の前の勝敗に一喜一憂せず、次も頑張る。負けても、うまくいかなくても、遅くても、弱くても、そこで終わりじゃない。トレーニングして、きょうはきのうの自分を超えていく。人との比較ではなく、自分の中で向上していけばいいんです。

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