女子ゴルフの全英女子オープンで優勝し、日本中に「しぶこフィーバー」を巻き起こした渋野日向子(21)。帰国後に激変した周囲の環境に戸惑いながらも、国内ツアーの最終戦まで堂々と賞金女王争いを繰り広げ、日本勢42年ぶりの海外メジャー制覇という偉業がフロックではないことを証明した。プロ入り前の2017年から渋野を指導し、全英ではキャディーを務めた青木翔コーチ(36)も、想像をはるかに超える成長に驚くばかり。青木コーチの証言を基にシンデレラストーリーを振り返り、師弟が描く未来予想図に迫った。(時事通信運動部 前田祐貴)
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青木コーチが渋野と出会ったのは、17年のプロテストで不合格となった後。契約メーカーからの紹介で指導を始めることになった。当初はこんな印象だった。「パワーはあるんだろうな、よくクラブを振れるなというだけ。体やクラブの使い方も含め『それは絶対駄目でしょ』ということばっかりやっていた」
それでもプロテストの2次予選を1位で通過するなど、かみ合えば好スコアを出せる点に着目。「この子には何かあるんだろうな」と、秘めた可能性は感じていたという。「ボールに対してヘッドはこう当たるんだよ、という基本中の基本」から教え始め、2度目の受験となった18年のプロテストに合格。19年のツアー出場権を懸けた最終予選会で40位に入り、前半戦出場権を手にした。
原点は「大たたき」
賞金ランキング50位までに与えられるシード権の獲得を目標に掲げた19年。開幕戦の出場権は回ってこなかった。プロテスト合格後、自身のツアー初戦は翌週のヨコハマタイヤPRGRレディース。ここで渋野は早くも実力の片りんを見せ、首位と3打差の5位で最終日を迎えた。同組で回ったのは、約8カ月後に激しい賞金女王争いを繰り広げることになる鈴木愛。渋野が73とスコアを落として6位にとどまった一方、鈴木は68の猛チャージで逆転優勝。17年の賞金女王に実力の差をまざまざと見せつけられた。
その後は2試合連続で予選落ちを喫するなど苦戦したが、転機になったのが4月のKKT杯バンテリン・レディースだ。初日に81の大たたきで最下位発進。そこで渋野は「予選落ちすると思ったので、開き直ってピンばかり狙っていた」。すると第2日、この日ベストスコアの66をマークしてカットライン上で予選を通過。最終日も68とスコアを伸ばし、20位まで順位を上げた。青木コーチも「最後まで伸ばせたのは自信になっているのではないか」。攻めに徹するゴルフの原点となった大会だったと認識している。
コーチの一喝で初心に
勢いに乗った渋野はフジサンケイ・レディースで2位に入り、ワールドレディース・サロンパス杯でツアー初優勝。この時点で青木コーチの「3年で優勝」という想定を上回った。渋野はこの時、国内メジャー大会の優勝で3年シードが与えられることも、前半戦終了時点の賞金ランキング上位5人が全英女子オープン出場権を獲得できることも知らなかった。「すごい試合で勝ってしまったんですね。私でよかったんでしょうか」という言葉からも、素直な驚きが伝わってくる。
ただし、好調も長くは続かず「優勝した時の良いゴルフを追い求め過ぎてイライラしていた」と青木コーチ。周囲の支えでゴルフができていることを思い出すよう一喝し、「駄目な自分を受け入れるように言った」。初心に帰った渋野は調子を取り戻し、高額賞金のアース・モンダミン杯で4位に入って全英女子オープンの出場権を獲得。翌週の資生堂アネッサ・レディースでツアー2勝目を挙げた。
際立った勝負強さ
迎えた全英女子オープンは、渋野にとって海外メジャーはおろか日本以外での初試合。初日に66でスタートダッシュを決めると、その後もぐいぐいとスコアを伸ばした。キャディーを務めた青木コーチが「僕と2人でふざけていただけ」と笑うように、解放感からか、表情はいつも以上に明るかった。単独首位で出た最終日も緊張は感じられず、バーディーを奪えば優勝となる18番では、「プレーオフはしたくない。ロングパットが残ったらわざと3パットする」と軽口をたたくほど。そんな冗談に反して5メートルのバーディーパットを沈め、無欲のまま快挙を成し遂げた。
際立ったのは後半、バックナインの勝負強さ。4日間を通じ、10~18番で計18バーディーを奪ってボギーなし。最終日は3番で4パットのダブルボギーをたたいてから見事に立て直し、後半に5バーディー。にこにこしながらカメラ目線で好物の駄菓子を食べる余裕を見せながらも、次の一瞬で勝負師のスイッチが入る。真剣なまなざしで放つショット、繊細かつ強気なパッティングは、ツアールーキーとは思えないほどの一級品。世界中を大いに驚かせた。
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