脳を装置として見立てる。どのような入力に対し、どのような演算を施し、どのような出力をしてくる装置なのか――。
人工知能(AI)の開発者として、私は、そういう見方を、もう36年もしてきている。
そういう見方をすると、脳生理学とも、心理学とも違う答えが見えてくることがある。
◆搾取していい相手
例えば、母性。母性を「子どもの生存可能性を究極にまで上げる本能」と捉えると、世の男性たちが抱くほど、甘やかなものではなさそうなのが分かってくる。
私が母性AIをつくるなら、「子どもには優しいが、搾取できる相手からは徹底して即座に搾取する」ように設計する。
子どもにかけるコスト(時間、手間)を捻出するために、「搾取できる相手」には、コストをかけない戦略だ。
しかるに夫は、社会的に「搾取していい」と決められた相手だ。夫だって、「きみを幸せにする」と約束したはず。こうなったら、何を遠慮することがあるだろう。
◆「はぁ?」でおしまい
もしも、このプログラムが、生身の女たちに施されているのなら、幼子を抱く妻たちは、夫にかなり厳しくなるに違いない。
誰かの言い分を否定するとき、女性は「気持ちはよく分かる。でも、それは違うと思うの」というように、まずは心を寄せる。
しかし、夫には思いっ切り嫌な顔をして、「はぁ?」と言っておしまい、のはずである。
おむつを替えているとき、子どもが予想外の寝返りを打ち、おむつ拭きに手が届かない。なのに、すぐ傍らにいる夫は、おむつ拭きを取ろうともしない。
こんな事態に、目から火が噴くほど腹が立つ。ただ一言、優しく「それ取って」と言えばいいだけのことなのに。
AI設計から予想される、そのような現象は、現実の夫婦にも起こっている。
◆夫に「戦友」を期待しても無理
「子どもができるまで家は天国でした。今は地獄です」というメールをもらったこともある。
そこまでじゃなくても、「家に居場所がなくなった」「妻の機嫌がいつも悪い」という嘆きはよく聞く。私からすると、「輝かしい母性」が発動されたのだなと、いとおしい気持ちになるばかりだ。
妻にしてみたら、夫は戦友なのである。「命懸けの出産、子育て」という戦場を生き抜くための。
兵士たちが、暗黙の了解で素早く連携するように、夫にもそれを期待している。戦場の兵士たちが、仲間にいちいち「それ取って」と甘えたりするだろうか。
互いに不幸なのは、子育てのために進化してきた女性脳が一気に「子育ての達人」になってしまうのに対し、狩りのために進化してきた男性脳に同じレベルを期待しても到底無理、という点だ。
◆同じ脳ではない
男女は同じ。どちらも、何でもできる。
しかし、生殖の役割が違うので、本能=「感性チューニング」は違う。男女が「同じ脳」の持ち主だと思い込むと、「幼子の子育て」という局面において、女と男はそれぞれ相手の無能さと非情さに立ちすくむことになる。
妻たちには、ぜひとも、自分の脳が夫に対して厳し過ぎることを知っておいてもらいたい。
(時事通信社「コメントライナー」2019年11月7日号より)
【筆者紹介】
黒川 伊保子(くろかわ・いほこ) 近著「妻のトリセツ」(講談社+α新書)が評判となった、脳科学で時代の気分を読み解く「感性アナリスト」の第一人者。人工知能(AI)開発に携わり、脳とことばを研究。世界初の語感分析法を開発し、マーケティングに新境地を開拓。男女脳のすれ違いを描く恋愛論も人気。著書は他に「定年夫婦のトリセツ」(SB新書)、「女の機嫌の直し方」(インターナショナル新書)など多数。
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