トランプ大統領が下した米軍のシリア完全撤退の命令は、世界と米国に混乱をもたらした。
昨年はマティス国防長官(当時)が強硬に反対して、2000人の米軍完全撤退を1000人にとどめたが、これによりマティス氏は政権を去った。
しかもトランプ氏は、トルコのエルドアン大統領との電話で、トルコ軍によるクルド人武装組織「人民防衛部隊」(YPG)への武力行使を黙認したようだ。
◇「同志」でさえ切り捨て
YPGはこれまで、シリアにおいて米軍とともに過激派組織「イスラム国」(IS)と戦ってきた同志であり、世界の米国の同盟国にとって衝撃的な出来事だ。
トランプ・エルドアン電話会談の翌日の10月7日、トルコ軍はシリアの国境地帯に侵攻した。
米軍に見放されたYPGは、シリアのアサド政権に保護を要請し、ロシア軍はYPGの同意を得て、シリア軍とともに、シリア北部の要衝コバニに進軍して、トルコ軍と対峙することになった。
つまり、トランプ大統領の決定が、アサド政権を支援してきたロシアとイランの影響力を増すことになるのは明らかだ。
また、米軍の支援を受けてYPGが戦ってきた相手、ISを壊滅から救ったことにもなる。いわば「オウンゴール」の決定ともいえる。
◇重要な再選戦略
しかし、トランプ支持の「アメリカファースト」の国内世論にとっては、中東への関与を減らし、米軍の犠牲のリスクも減らす好ましい決定だ。
国際派や軍はともかく、コアな支持層にはアピールする。ウクライナ疑惑で議会が大統領弾劾の調査を開始する中、トランプ氏にとっては、重要な再選戦略なのだろう。
ペンス副大統領がエルドアン大統領と交渉して、5日間だけの停戦を合意したが、トルコがシリアから撤収する様子はない。
トランプ氏はこの報を受け、「エルドアン大統領に感謝したい。彼は私の友人だ」と述べ、11月のエルドアン氏の訪米に向けて調整を進める考えを示した。
◇日本は警戒が必要
一方で米議会は、共和党の一部も含め、この決定に大きく反発した。長期的には中東で米国の求心力を低下させ、世界の同盟国に不安を与える決定だからだ。
10月16日、米下院はトランプ大統領が下したシリア北部からの米軍撤収に反対する決議案を、賛成354反対60で可決した。そのうち、共和党からも129名もの賛成票が投じられた。
しかも、ホワイトハウスで議会指導者と面会したトランプ氏は彼らに暴言を吐き、面会は中断となった。途中退席したペロシ下院議長によれば、トランプ氏は激しく動揺して「メルトダウン」していたという。
日本への教訓は次のようになる。トランプ氏は国内の支持を維持するためには、長期的な国際関係への悪影響を考えず、簡単に同盟相手を切り捨てる。
日本は、米朝の「非核化」なき安易な合意と在韓米軍の縮小に対して、警戒が必要だ。
(時事通信社「コメントライナー」2019年10月21日号より)
【筆者紹介】
渡部 恒雄(わたなべ・つねお) 東北大学歯学部卒業、米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1995年から10年間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)でアジア安全保障や日米関係を研究。帰国後、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、17年10月より現職。著書に「二〇二五年米中逆転」「いまのアメリカがわかる本・最新版」など。
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