米プロゴルフ界の新シーズンは既に9月から始まっており、開幕第1戦のミリタリー・トリビュート・アット・ザ・グリーンブライヤー2日目に米国人のケビン・チャペルが「59」をマークしたことは、幕開け早々のビッグニュースだった。50台のスコアが出たのは、米プロゴルフ史上、11人目となった。
◇初代「ミスター59」
名手アル・ガイバーガーが1977年のメンフィス・クラシック2日目にコロニアルCCで史上初の59を出したときは、前人未踏の驚異的スコアに世界のゴルフ界が目を丸くした。そしてガイバーガーは「ミスター59」と呼ばれるようになった。
史上2人目の「ミスター59」が誕生したのは、それから14年も経過した91年のこと。チップ・ベックが、ラスベガス招待で59を出した。
それからさらに8年もの歳月を経た99年のボブ・ホープ・クライスラー・クラシックで、デービッド・デュバルが3人目の「ミスター59」になった。
そのとき私は、たまたまその場に居合わせ、デュバルの59を目の前で見ることができた。史上わずか3人目の偉業だと思うにつけ、手足が震え、鳥肌が立つほどの緊張感を覚えたことを今でもよく覚えている。
それから11年後の2010年にポール・ゴイドスが史上4人目、それから1カ月後にスチュワート・アップルビーが史上5人目の59を出したときは、やはり目の前で彼らの偉業を眺めていたが、続けざまの59にかつてのような緊張感は、もはや覚えなかった。
3年後の13年にジム・フューリックが6人目の59を出し、16年には史上初の58をマークした。
以後、毎年のように59で回る選手が登場。そして今年9月、冒頭のチャペルが59をマークした史上11人目となった。
◇「59」が次々に出る理由
なぜ、近年は59が次々に出るようになったのだろうか。「初代ミスター59」のガイバーガーは、その理由をこんなふうに語った。
「道具が進化したおかげだと思うかもしれないが、道具よりコースの進化のおかげだ。最近のゴルフコースは美しい。とりわけ、グリーンはボールがよく転がってくれる」
その通り、近年のゴルフコースは、芝そのものが改良され、芝刈り機や芝の刈り方も改良されて、グリーン表面がとてもスムーズになっている。
だが、ガイバーガーがコロニアルCCで1イーグル、11バーディー、ノーボギーの59で回った1977年当時のゴルフコースは、どこもグリーンはデコボコで、芝はうねりだらけだったそうだ。
それ故、そんな「荒野」のようなゴルフコースでマークしたガイバーガーの59こそが、史上最高の59であると指摘する向きは多い。
既に82歳になっているガイバーガーとスポンサー契約を結んでいるある企業は「ガイバーガーが59を出したコロニアルCCで、ガイバーガーと一緒にゴルフをする権利」を競い合うゴルフのコンテストを全米規模で実施。
3万5000人超が参加し、優勝者は自分の友人も招いて、ガイバーガーとのラウンドをこの10月に楽しむことになっている。
◇歴史は塗り替えられるが
そこにあふれているものは、さまざまな困難を乗り越え、史上初の偉業をまさに自力で成し遂げた先人へのリスペクトの精神だ。そして、リスペクトを受けているガイバーガー本人も、周囲に最大限のリスペクトを払っている。
「コロニアルのメンバーの方々は、自分たちのコースで59が出たことを誇りに思ってくれている。私は、それがとてもうれしい」
時代の移ろいとともに、歴史は塗り替えられていく。だが、その時代時代の若者たちが先人たちをリスペクトする精神を抱き続けていれば、貴重な歴史、偉大なる歴史が消えてなくなることはない。
ガイバーガーは「初代ミスター59」として永遠に尊敬され続ける。そういうゴルフ界であり続けてほしいと願っている。
(2019年10月配信/時事通信社「金融財政ビジネス」より)
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