【地球コラム】「アフリカ最後の植民地」西サハラの悲願

44年続くモロッコとの紛争

 そもそも西サハラ問題とは何か。この地域では、独立と帰属をめぐり、44年にわたって地元の独立派とモロッコとの間で紛争が続いている。

 西サハラは、サハラ砂漠沿いのアフリカ北西端に位置し、モロッコ、アルジェリア、モーリタニアに接する。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、面積は本州よりやや大きい約25万2000平方キロメートル、人口は約60万人。肥料の原料で希少資源のリン鉱石の世界的な産地であり、タコなどの漁業資源も豊富だ。

 1884年、この地はスペインの植民地となったが、第2次世界大戦後にアフリカの脱植民地化が進む中、モロッコとモーリタニア両国が領有権を主張した。1974年、スペインは西サハラの将来を決める住民投票を翌年に実施すると発表した。

 しかし、翌75年に国際司法裁判所(ICJ)が、モロッコ、モーリタニアのいずれも西サハラに対する領有権を有さないとの勧告的意見を出したことを受け、反発したモロッコが国民35万人を動員し、西サハラ領内に越境する「緑の行進」を行った。

 この圧力に屈したスペインは、西サハラをモロッコとモーリタニア両国へ分割する協定を結び、76年に撤退した。そこから、西サハラを併合したモロッコと、西サハラの独立を要求する民族主義組織「ポリサリオ戦線」の戦いが本格化した。

 ポリサリオ戦線は1976年、「サハラ・アラブ民主共和国(SADR)」の樹立を宣言し、隣国アルジェリアに亡命政権の拠点を置いた。モーリタニアは79年に西サハラの領有権を放棄した。91年に国連の仲介でポリサリオ戦線とモロッコは停戦したものの、モロッコはポリサリオ戦線を排除するため、南北約2700キロに及ぶ分離壁「砂の壁」を建設するなどして、実効支配を続けている。

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