もう一つの秘策はバトンパスだった。五輪や世界選手権で表彰台の常連になりつつある400メートルリレーの日本最大の武器を応用。日本陸連科学委員会の小林海さんは「4継(400メートルリレー)のノウハウをマイルに生かした」と語る。受け渡しの場所や加速の仕方などを科学的に分析し、「待ってる位置から約7メートル先でバトンをもらい、その後の3メートルで加速に乗せるのが理想」(山村氏)との戦術を導き出した。
世界的に見ても、走力が記録の大きな比重を占める1600メートルリレーで、ここまで緻密にバトンパスを分析しているチームは他にないだろう。小林さんは「走っている最中に前に出るのは難しい。だったらバトン区間で体一つ、二つ抜け出せばいい。その共通認識をつくった」。少しでもタイムを短縮できる要素を探り、実践した。
控えもユニホーム、チーム一丸
世界リレーでは決勝に進めれば世界選手権の出場権獲得はほぼ確実。つまり、予選が最大のヤマ場だった。招集所へ向かう前のサブトラック。飯塚翔太(ミズノ)や藤光謙司(ゼンリン)ら世界大会でメダル獲得経験のある選手もユニホーム姿になり、「俺たちが5番目に控えているから思い切って行ってこい」とメンバーを鼓舞した。全員で円陣を組み、敗退すれば五輪への道が絶たれるレースへ向かった。
気合が入らないわけがない。1走のウォルシュはトップでバトンをつなぐ。2走の井本佳伸(東海大)もアキレスけん痛に耐えて激走した。3走の佐藤拳太郎(富士通)、アンカーの若林康太(駿河台大)も積極的な走りでリードを守り、組1着で決勝進出を決めた。最もきつい第4コーナーの観客席では、飯塚や藤光ら補欠の選手がユニホーム姿で声をからした。まさに男子マイルチームが一丸となっていた。
決勝は3分3秒24。米国の失格もあって4位となったが、記録としては物足りない印象だ。世界選手権では1996年アトランタ五輪で樹立した3分0秒76の日本記録更新が求められる。山村氏は「今のタイムだと全くお話にならない。日本記録を超えれば、決勝や東京五輪が見えてくる。3分切りを目指さないといけない」と語る。
27日には日本選手権が福岡市で開幕する。ここから先の目標達成には個々の走力向上が不可欠。ウォルシュは「以前はマイルも日本のお家芸だった。4継に負けたくない」と闘争心を燃やす。秋のドーハで再び輝くことはできるか。東京のスタートラインに立つための戦いは続く。(2019年6月20日配信)
新着
会員限定