2万人を超える観客の熱気が横浜市の日産スタジアムに渦巻いていた。5月12日、陸上の世界リレー大会男子1600メートルリレー決勝。日の丸を背負った選手は割れんばかりの大歓声を浴び、屈強な海外スプリンターと堂々と渡り合った。4位に食い込んで今秋の世界選手権(ドーハ)切符を勝ち取った日本チームは、この大会の主役と言える輝きを放った。(時事通信運動部 青木貴紀)
アテネ五輪最後に低迷
2020年東京五輪で金メダルを期待される男子400メートルリレーとは対照的に、暗闇の中でもがいていた。04年アテネ五輪はメダル目前の4位。だが、その後の五輪や世界選手権では決勝にも残れず低迷。1600メートルリレーの日本は東京五輪出場が懸念されるほど、危機的状況に追い込まれていた。
18年12月。日本陸連五輪強化コーチの山村貴彦氏は、合宿のミーティングで代表候補選手に通告した。「世界リレーで結果が出なければ解散する」。東京五輪の出場権はまず世界選手権の上位8チームが獲得し、残りは世界ランキングの上位が得る。日本が目指すのは世界選手権での切符獲得。世界リレーで10位以内に入って世界選手権の出場資格を得られなければ、五輪出場を断念する方針を伝えた。
山村氏は続ける。「君たちは速いけど強くない。(400メートルで)45秒台の記録を持っていても平気で47秒かかる。条件が整わなければ走れないのが現状」。嫌われる覚悟であえて厳しい言葉を並べた。それだけ崖っぷちだった。どうすれば半年間で世界上位にたどり着けるか。厳しい挑戦の始まりだった。
植え付けた攻めの意識
そもそも、なぜ世界と差が開いてしまったのか。山村氏は日本陸連科学委員会の協力を得て、世界と日本のレースを徹底的に分析した。そこで浮き彫りになった課題が、各走者の前半200メートルの入り方だった。世界は高速化が進み、「データ的には海外選手は21秒を切るぐらいで入る」(山村氏)。一方、日本は前半は自重してしまい、後半で巻き返そうと思っても追いつかない。それどころか、逆にラストでさらに離されるという悪循環に陥っていた。
そこで、まず取り組んだのが意識改革だ。近年は選手が個々で走力を磨いてきたが、00年シドニー五輪代表の山村氏が、現役時代に実施していた代表候補選手を集めた強化合宿を復活させた。山村氏は「絶対に守りに入るな。常に攻め続けろ」と言い続けた。先頭でレースを展開しなければ世界では戦えない。前半から果敢に突っ込む意思統一を図った。
合宿では泥臭く走り込んだ。「自分のチームではみんなエースだから、途中でやめることもできる。でもこの合宿では罪悪感があって手を抜けない」。昨年12月から今年3月までに3度の合宿を重ね、代表入りを争う選手が切磋琢磨(せっさたくま)した。第一人者のウォルシュ・ジュリアン(富士通)は実感を込めて振り返る。「練習するたびに強くなるぞ、と全体の意識が高まった。力につながった」
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