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フラガールは「全力で生きる」

養成学校、55周年 大震災の苦境も乗り越え

 映画の舞台にもなったフラガールの養成学校「常磐音楽舞踊学院」(福島県いわき市)が2019年4月、開校55周年を迎える。温泉リゾート施設「常磐ハワイアンセンター」(現スパリゾートハワイアンズ)の開業に伴って開校し、これまでに300人以上のフラガールを輩出してきた。1月に始まった記念公演のタイトルは「全力で、生きる」。東日本大震災などの苦境を乗り越え、踊り続けたフラガールたちの決意が込められている。(福島支局・山本舜也)

◆炭鉱閉鎖がきっかけ
 学院の開校は、戦前からこの地域で栄えていた炭鉱の閉鎖がきっかけだった。運営会社の常磐炭鉱は経営改善への打開策として、炭鉱から湧き上がる湯水に目をつけ、常磐ハワイアンセンターを建設。「東北のハワイ」を目指し、集客の目玉としてフラダンスショーなどを取り入れた。ダンス講師として招かれた早川和子さん(87)は、初めてこの地を訪れた時の印象を「何にも無く、うっそうとした山が広がっていた」と語る。

 早川さんは台湾で生まれ、幼少期に東京に移った。体が弱く、父親の勧めで10代からバレエを習い始めた。初めてフラダンスに触れたのは24歳。歌手やダンサーが参加する芸能使節団のメンバーとして、ハワイを訪れた時のことだった。

 「当時は『キャバレーの腰振りダンス』というような、フラを見ると手を口に当てて笑うような時代。だけど、向こうの先生から『私たちの国の文化、芸術です』とはっきり言われ、私たちの思っているものとは違ったのだと気付いた」

 ハワイで修行し、美しい首飾りを意味する「カレイナニ」というハワイアンネームを授かった。フラダンスの草分けとしてテレビにも出演。常磐炭鉱の幹部が偶然にも番組を見て、早川さんに声を掛けた。「雪の多い所にどうしてトロピカルムードの施設ができるのか」。半信半疑だったが、熱意に押される形で講師を引き受けた。

 学院は1965年、地元の子供たちをダンサーとして養成するために、日本で初めてのフラダンス、ポリネシアン民俗舞踊専門の学校として開校した。ダンサーだけでなく、炭鉱労働者とその家族も施設の働き手となった。開業当時に入社し、企画畑を長く歩いた坂本征夫さん(73)は「人の手を借りずに自分たちで全て作り、助け合って苦境を乗り越えるという『一山一家』の企業文化が根付いていた」と振り返る。

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