「平成と私」インタビュー

ジャーナリスト・江川紹子さん

◇心の支配、怖さ教訓に

 平成の社会を震撼(しんかん)させたオウム真理教による一連の事件は、松本智津夫(麻原彰晃)元代表ら死刑が確定した13人全員の刑が2018年7月に執行され、時代と歩みを合わせるように幕を閉じた。教団を追い続けてきたジャーナリストの江川紹子さんに聞いた。

 ―オウムとの出会いは。

 1989(平成元)年5月、オウム信者の親からの相談で知った。坂本堤弁護士を紹介したところ、11月に坂本さん一家が行方不明になり、当事者に準ずる立場で取材するようになった。

 ―なぜ平成の日本でオウム事件が起きたのか。

 昭和の時代から土壌はあった。ノストラダムスの大予言で世紀末への不安が広がり、オカルト雑誌も流行した。それとバブル経済。札束が飛び交うような世界に反発し、精神世界に関心を持った人の一部が松本元死刑囚の著書を手に取った。

 ただ、時代性だけでなく普遍性もある。若者が生きがいを求め、生き方に悩むのはいつの時代でも同じ。カルト的なものは日本だけでなく、どこの社会にも存在する。

 ―オウム事件は避けられなかったのか。

 坂本弁護士一家殺害事件で警察が早くから真剣に動いていれば、そこで食い止められた可能性はあったと思う。実行犯の一人の岡崎(宮前に改姓)一明元死刑囚は事件後、坂本さんの長男を埋めた場所の地図を警察に送っており、6年後にまさにその場所から遺体が見つかった。

 毒ガスのサリンやVXを製造した土谷正実元死刑囚は、坂本さん事件はオウムの犯行ではないと信じて出家した。土谷元死刑囚がいなければ松本、地下鉄両サリン事件も起きなかった。坂本さん事件を早期に解決していれば、その時点で教団はなくなっていたと思う。

 ―オウム事件をどう教訓とすべきか。

 何が起きたのかを次の時代に残すことが大事。裁判で明らかにならなかったことも多いが、分かったこともたくさんある。刑事裁判の記録は刑事確定訴訟記録法で、検察官が保管すると定められているが、一定年数を過ぎると廃棄される。記録が残っていれば後世の人が研究したり、報道したりできる。「歴史公文書」として国立公文書館に移管すべきだ。

 人間は簡単に心が支配される。それが分かったのがオウム事件の一番の教訓。東京大の大学院で物理を学んだような人まで松本元死刑囚の空中浮揚を信じてしまった。人間は見たいものを見て、信じたいものを信じてしまう。

 ―フェイクニュースがあふれる現在と共通する。

 今でもカルト宗教の信者と同じような心理状態に陥っている人はいる。いくら事実や根拠を示しても、信じたいものを信じ、敵対すると思うと攻撃する。政治的な左右を問わず、二元論的な対応をする人はいる。

 ―オウム事件がなければジャーナリスト人生も変わっていた。

 事件や災害の取材を地味にやっていたと思う。新聞社を退職後、考える間もなく坂本さん事件が起き、ずるずるとオウムに関わるようになった。

 ―元幹部ら13人全員の死刑が執行された。

 松本元死刑囚は執行しない理由はなかったが、弟子の中には反省し、体験を語れる人がいた。そういう人は生きていれば社会の役に立つことができた。天皇の代替わりの際に恩赦で減刑するなどし、証言させるべきだった。

(2018年8月配信)

  ◇  ◇  ◇

 江川 紹子さん(えがわ・しょうこ)神奈川新聞記者を経て、フリージャーナリスト。事件や裁判を中心に取材を続けており、法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」の委員も務めた。1958年8月4日生まれ。東京都出身。

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