◇科学者としての天皇陛下
1998年と2012年に天皇、皇后両陛下が英国を訪問された際、植物園の散策などで案内役を務めた植物学者ギリアン・プランスさんに聞いた。
―天皇陛下にどのような印象を。
何よりも科学者だ。私が園長を務めていた王立キュー植物園や、ロンドンの公園ホーランド・パークを案内した際、陛下ととても良い会話ができた。お互い科学者ゆえに、くつろげたのだと思う。木についてたくさんご質問されたが、木のことを大変よくご存じでもあった。
(動植物の分類学で知られる学術機関)ロンドン・リンネ協会にもご一緒したが、ハゼの専門家である陛下はそこで、ハゼに詳しい英国の専門家ととても打ち解けて話をされた。(次の訪問先に)移動する時間になっても陛下が魚の観察にあまりに夢中なので、関係者の方はやきもきされていた。
―陛下が特に興味を示された植物は。
キュー植物園の(北の出入り口である)エリザベス・ゲートを入ってすぐの場所にトノチノキがあるが、陛下は入園されるなり、「あれは普通のトノチノキのようには見えませんね」とおっしゃった。それは交配種だったのです。普通のトチノキと異なることにお気づきになったわけだ。何と素早かったことか。私はそれをいつも思い出す。
―陛下について他に印象に残っていることは。
93年だったか、私が皇居を訪ねた際、陛下は盆栽のコレクションを見せてくれた。樹齢400年、500年というものがあり、それは見事だった。
98年に訪英された際、駐英日本大使から「陛下はどこかで野鳥の観察を希望されている」と電話があった。自然保護協会の友人にも相談の上、私はオックスフォードに程近い農場で(野鳥観察のため)陛下とご一緒した。
当時、そこは(希少な)アカトビが放され、野生のアカトビも生息する地域だったが、日中ずっと歩き回っても見かけなかった。ところが車まで戻ってきた時、2羽のアカトビが現れ、陛下の頭上を舞った。まるで、誰かがそのために放ったかのような完璧なタイミングだった。
―ほかにも皇室の方々とお会いになったそうだが。
ニューヨーク植物園で植物学研究所長(75~81年)をしていた時、同園を訪問された昭和天皇にお会いし、植物標本をご覧にいれた。興味深いことに昭和天皇もまた科学者だった。(今上)天皇が科学に興味を持たれたのは、お父上が科学に大変熱心だったからだと思う。皇太子殿下や秋篠宮殿下にもお会いした。
―昭和天皇と今上天皇を比べての印象は。
昭和天皇とご一緒した時間は十分でないので、それを言うのは難しいが、(今上)天皇の方がすべてにおいて、よりリラックスされている印象がある。戦後、すべてが落ち着いたことで、(昭和天皇に比べて)お仕事はやりやすくなったのだと思う。
もっとも、世代による違いという一面もある。英王室でもエリザベス女王や(夫の)フィリップ殿下よりも、子供たちの方がずっとリラックスしている。
―「平成」に当たるこれまでの約30年は、あなたにとってどんな時代だったか。
大きな戦争のない平和な時代だったが、自然環境の破壊が驚くほど加速した。今、この瞬間のわれわれの行いが気候変動の原因となり、あらゆる国の環境に悪影響を及ぼしている。そのことをとても憂慮している。
―天皇は日本の象徴だが、英国民にとってのエリザベス女王との違いは。
女王も確かにシンボル(象徴)だが、日本とまったく同じというわけではない。日本では(天皇が)より尊敬され、ある意味、神秘に包まれており、そのことが(英国よりも)はるかに象徴性を強めているのだと思う。将来もそれが続くのか、それとも次の天皇が人々ともっと気楽に接し、より開かれた存在になるのかは私には分からない。
―陛下に送るメッセージは。
退位された後も皇后さまと共に幸せにお暮らしになり、科学(研究)のために多くの時間を過ごされることを切望している。英国をはじめ、さまざまな国と良い関係を育んでいただいたことに感謝したい。(2018年5月配信)
◇ ◇ ◇
ギリアン・プランスさん 英国で最も知られた植物学者の一人。1963年、オックスフォード大で博士号(森林植物学)。88~99年にロンドン郊外の王立キュー植物園園長。2012年に旭日章受章。1937年7月13日生まれ。
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