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「平成と私」インタビュー

海部俊樹・元首相

◇即位の礼、開かれた式典に

 平成改元後、首相に就任し、1990(平成2)年11月に国事行為として行われた即位礼正殿の儀に臨んだ海部俊樹元首相に聞いた。

 ―天皇陛下が2019年に退位する。

 身を引きたいと言われるのだから、自然な流れだ。皇太子も育ってきているし、代わりたいと言われたら、どうぞと道をつくってあげるのが国民の務めだ。いつまでも頑張ってくださいと言うのは人権侵害だ。

 ―今の天皇陛下の即位の礼や大嘗祭などの行事に関わった。

 宮内庁は伝統を大事にする。長官が僕のところに来て衣冠束帯(いかんそくたい)をまとって出てくださいと(言った)。僕が衣冠束帯で出ていったら物笑いの種ではないか。日本は新しい憲法になって生まれ変わったはずだから、国際社会から見て日本も変わったことが分かるようにえんび服で行った。

 ―こうすれば良かったという点は。

 大嘗祭はもうちょっと分かりやすくやらないといけない。僕は徹夜で座らされたが、中で何が行われているのかさっぱり分からない。誰にでも分かるようにもっと説明すべきだった。

 ―宮内庁にそういうことを言ったのか。

 宮内庁は頑迷固陋(ころう)。宮内庁の言うことを聞いていたらいけないから、ここを変えろ、こうしろと一方的に言うしかなかった。

 ―政府は一連の儀式にどう取り組むべきか。

 鮮やかに変えることはできないが、国民が何も分からない、知らないところで秘密に行われていたのではいけない。できるだけ説明責任を果たして首相が内容を国民に語るべきだ。そして(天皇と国民の)距離を縮めるべきだ。

 ―首相在任時には湾岸戦争が起こった。

 参加してできるだけのことをしなければいけないと(思った)。拱手傍観(きょうしゅぼうかん)していることはできない時代の始まりだった。

 ―戦争終結後に自衛隊初の海外任務となったペルシャ湾への掃海艇派遣を決断した。

 憲法があるから日本は出せないといって出さなかったら問題外だ。戦闘部隊を送ったわけではないから認められてしかるべきだ。

 ―それが第一歩となり自衛隊の活動は大きく拡大しつつある。

 自衛隊を海外へ鉄砲を持って行かせようとは思っていなかった。自衛隊はあくまで専守防衛だ。変わらず専守防衛でやってもらわなければいけないと今でも思っている。

 ―平成はどういう時代で、新しい時代はどういう時代にしてほしいか。

 平成は悪い時代ではないと思う。新しい時代はもうちょっと分かりやすく、きれいな政治が行われることが必要だ。この一言に尽きる。(2018年5月配信)

  ◇  ◇  ◇

 海部 俊樹氏(かいふ・としき)早大法卒。1960年衆院選に自民党から立候補して初当選し、連続16回当選。官房副長官、文相などを務め、89年に首相就任。自社連立に反発して離党し、新進党党首などを歴任。2003年自民党に復党した。1931年1月2日生まれ。愛知県出身。

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