研修棟内には運転シミュレーターもある。動力車操縦者、つまり運転士を対象に運転業務に不可欠な知識や技能を習得させるための設備で、鉄道系テーマパークのように娯楽目的でないことは言うまでもない。そのため、シミュレーターの外に指導教官用の机が置かれている。机の前には運転席から見えるCG映像や速度などを表示するモニターテレビが数多く設置され、教官はモニターの画像などを見ながら必要に応じて研修受講者に指示を出す。
研修棟の運転シミュレーターは、ワンマン運転でホームドアのある有楽町線7000系と、ホームドアがなく車掌も乗務する千代田線16000系の2種類。筆者は16000系シミュレーターの運転をさせてもらった。筆者はプライベートで各地の鉄道系テーマパークをよく訪れるが、実を言うとシミュレーターを体験することは少ない。シミュレーターはどこでも人気が高く、短くても数十分待ちは必至。テーマパーク見学の貴重な時間を割かれたくない気持ちに加え、もともと運転士よりも車掌に憧れていたので運転したい意欲がさほど高くない。さらに、そうしたこともあって特にブレーキ操作が苦手で、今回も内心では尻込みしていたのだ。
とはいえ、本格的なシミュレーターを体験できる貴重な機会を得たのだから、ぶざまな運転はできない。アクセルとブレーキを兼ねた「マスコンハンドル」を左手で握り、大声で「出発進行!」。ハンドルを手前に引くと、ガクンと軽い衝撃を感じた。これも娯楽シミュレーターと違う特色で、本番さながらの環境を再現するため、音に加えて揺れも発生させるのだ。
列車は順調に進み、駅が見えてきた。ブレーキをかけようとハンドルを前に動かす。指定の位置にきちんと停車できるか。オーバーランを避けたい意識が先に出て、早めに強いブレーキにしてしまう。すると後ろから「ブレーキを少し緩めて」と助言が飛ぶ。緩めたはいいが、既にかなり減速してしまっていて、電車がゆっくりとしか進まない。しかし、かつて人気を博した運転シミュレーターゲームで構内再加速をして減点されてしまった苦い記憶が急によみがえり、ニュートラルのまま停止位置に近づけるしかない。それでも、どうにか停止位置近くで止められた。
筆者は通常の運転操作だけだったが、訓練施設だからさまざまなトラブル発生時のプログラムが用意されている。中には人身事故のCG映像もあるそうで、案内役のメトロ社員によると「その映像を見ると、しばらくは頭の中から消えない」ほどリアルなものらしい。実際に人身事故に遭遇し、目の当たりにした惨状がトラウマとなり、乗務をやめる運転士もいると聞いたことがある。運転士という職業は想像以上に厳しい仕事なのかもしれないと、考えさせられた。
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