模擬駅ホームから線路に下りて長さ約180メートルのトンネルに入る。トンネル内は複線になっていて、「地下鉄の複線トンネルって、こんなにも大きいのか」と、思わず感嘆の声を上げてしまった。センター中央駅からセンター西駅に向かって左に緩やかなカーブを描いていて、センター西駅側の出入り口近くには両方の線路を往来できるX型の分岐器(ポイント)が設けられているほか、地下を想定した避難口や通風穴など、こちらも実物そのもの。架線も張られているので、突然警笛が鳴らされ、列車が近づいて来るのではないかと、つい気になってしまう。
前のページで触れた「部門横断訓練」には文字通り、各部門の社員が集まる。営業線で人身事故や車両床下からの発煙などといったトラブルが発生した際、駅員や乗務員だけでなく、線路や電線の点検・修理などに携わる技術系も含めた全ての部署が、早期復旧に向けて連携して対応できるようにするのが狙いだ。同訓練は、現業職員を路線ごとの8グループに分けて年2日ずつ実施される。1日の訓練は午前1回、午後2回の計3回。訓練のシナリオは、過去の実例を参考に複数用意されており、進められるシナリオの内容は参加者に知らされない。つまり、訓練の参加者は「ぶっつけ本番」で臨む。実際のトラブルも、起きるまではどんなものか分からないからだ。
訓練1回当たりの制限時間は1時間半。実際の事故処理に要するおおまかな時間などを基に決めたもので、1時間半でトラブルを処理できなくても、その回の訓練は終了となる。実際に1時間半で終われなかった例もあるという。1回の訓練が終わるごとに、45分間のミーティングを全員で行い、反省点などを話し合う。部門横断訓練に参加することで、トラブル発生時に他部署の社員がどのような動きをするのかが分かるようになるほか、1時間半でトラブルを処理できなかった場合には、どうすればより迅速に対応できるかを学ぶ良い機会にもなる。
そもそも、東京メトロがなぜ、実物そっくりの駅や線路を研修・訓練用に新設しなければならなかったのか。それは、時間や列車運行への影響を気にすることのない施設が必要だったからだ。総合研修訓練センターが完成するまで、現場の訓練は営業線と異なる環境の車庫や、列車運行の終了した深夜の数時間に駅で行われていた。深夜なので睡眠時間を削らねばならない上、車庫は営業線とつながっているため、訓練に伴うトラブル発生は何としても避けなければならなかった。処理が遅れれば始発電車以降の運行に支障を来し、多くの利用者に迷惑を掛けてしまうのだ。訓練とは本来、失敗をしてもその体験を反省、教訓にして、いざというときに役立てることができる場のはずだが、それが事実上許されなかったことがメトロには頭痛の種だった。
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