ブラジルの最大都市サンパウロから北西に600キロ。緑を切り開いた赤土の大地に、日本語を「公用語」とする、ちょっと変わった農場がある。「耕し、祈り、芸術する」を理念に掲げ、ほとんど現金を使わない生活を続ける共同体「弓場農場」だ。ここでは日本人と日系人合わせて約60人が家族のように助け合い、農作物を収穫したり、換金して運営費用に充てたりして自給自足の生活を続けている。大地に根を張るような慎ましやかな暮らしぶりには、どこか懐かしい昭和の匂いがする。筆者もサンパウロ赴任中にそうしたうわさを聞きつけ、実際に2日間滞在させてもらった。(時事通信社 辻修平)
ボーッ、ボーッ。太陽が朝の空を焼く午前6時。食事当番が鳴らす角笛を合図に農場の住民が共同食堂に集まってくる。弓場農場の一日の始まりだ。ここでは食事の前、皆がそろって約1分間黙とうするのがルール。朝のあいさつなどでにぎやかだった食堂がシーンと静かになる。心安らかなる静寂の時間。黙とうの時間に何を祈るのか決まりはない。それぞれが静かに心を落ち着ける。「きょうも健康でいられることに感謝した」。創設者の親戚で、幼少期にブラジルに移住し農場で暮らすようになった弓場絢さん(92)は穏やかな表情を見せた。
農場の近くに集落やスーパーはないが、食堂に並ぶ食事は豪華でバラエティーに富んでいる。炊きたての白米やパン、手作りのバターに色鮮やかなサラダ、野菜のごまあえ、山菜の天ぷら、とんかつ…。使われる食材は、砂糖や塩など一部の調味料を除き、ほぼすべて農場で収穫された新鮮なものばかり。加工食品や化学調味料も使われておらず、とても優しい味がする。食事当番が丹精込めて作る食事を楽しみに、遠方から訪れる日本人や日系人も多い。
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