2017年のプロ野球セ・リーグは、広島カープが連覇を達成した。25年ぶりのリーグ優勝を果たした16年と同様、打線の躍動が原動力となった。若き4番打者の鈴木誠也、1番田中広輔、2番菊池涼介、3番丸佳浩の「タナキクマル」トリオ、終盤けがで離脱した鈴木に代わって4番を務めた松山竜平、シュアな打撃が光った安部友裕。中堅、若手に加えて、ベテランの新井貴浩、長距離砲のブラッド・エルドレッドも健在だった。
その中に、西川龍馬もいる。今季2年目の左打者はセンスあふれる打撃で「天才」と呼ばれ、近い将来の定位置奪取を予感させている。
「天才」という称号を聞いて、05~07年のカープ番記者だった筆者が思い浮かべるのは、前田智徳だ。入団2年目の1991年にリーグ優勝を経験し、その後は度重なるけがに悩まされながらもヒットを重ね、2007年に通算2000安打を達成。13年限りで現役を引退した。印象深い背番号1の天才打者、前田について、当時の取材メモと思い出から3つの記憶を振り返った。(時事ドットコム編集部 舟木隆典)
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前田のバッティングを初めて実際に見たのは05年2月、宮崎県日南市での春季キャンプだった。その年からプロ野球の担当記者となった筆者は、美しいフォームに「これが天才打者か」と一瞬で心を奪われた。左打席でバットを構えたときのすっと伸びた背筋、ぶれない体の軸。そこから、静かな体重移動を経て、どこに力が入っているのかというしなやかな動きでバットを振り下ろすと、「パチン」という音を残して、ライナーの打球が外野に飛ぶ…。一連の動きは、いつも見とれたものだ。
そのキャンプである日、練習が終わり、ほぼ全員が引き揚げたはずの球場で、三塁側通路に記者の人だかりが見えた。記者たちは、部屋の入り口から室内の誰かと会話していた。相手の、叫ぶような声がもれてくる。筆者も遅ればせながら後方から輪に加わると、その声の主は前田だった。
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