2017年1月20日、人種差別や男女差別をあおるような発言を繰り返したドナルド・トランプ氏が米国の第45代大統領に就任する。世界に衝撃を与えた当選の背景には、グローバリズムから取り残された人々、富と貧困、社会の分断、ワシントンの政治家が聞き取れなかった「声なき声」があったと言われている。
大手メディアがとらえ切れなかった米社会の生の姿はどういうものなのか。カリフォルニア州オレンジ郡の地元新聞社で働く日本人記者が、日常の取材活動の中で見てきた「分断された社会」の姿を伝える。
(在米ジャーナリスト・志村 朋哉 2016年12月)
編集局にうめき声
11月8日午後8時半、私が勤めるロサンゼルス郊外の地方新聞「オレンジ・カウンティ・レジスター」の編集局にうめき声が広がった。
CNNがフロリダ州でのトランプ候補勝利を伝えた瞬間だった。ジャーナリストとして冷静さを保たなければいけないことは、みんな分かっている。それほどまでに、まさかの展開だったのだ。
その晩、私のフェイスブックには、全米各地から「泣き崩れた」「子どもの将来が心配」などという友人たちの声が流れてきた。民主党支持者が多いロサンゼルスやニューヨークなど都市部では、トランプ氏の勝利に反発する人々のデモが行われた。レジスターが本社を置くオレンジ郡サンタアナ市でも、250人ほどの抗議者が交差点を封鎖して警察と衝突した。
大手メディアの予想を覆した大統領選挙。1年以上前から、候補者たちの一挙一動がテレビで報じられ続けてきた。不動産王として有名だったトランプ氏は、歯に衣着せぬ発言で特に注目を集めたが、多くのメディア関係者は彼が勝つとは思ってもいなかった。
ニューヨークの文化、政治、ライフスタイル情報を発信する「ニューヨーク・マガジン」のアダム・モス編集長は、選挙前に準備していた記事は全てヒラリー・クリントン候補の勝利を前提としたものだったと、ジャーナリストへのインタビューを行うポッドキャスト「ロングフォーム」に語った。
「誰もが(トランプが大統領になるなんて)想像すらしていなかった」
レジスターの同僚記者を含め、人種的に多様な米国の都会で働くジャーナリストたちは、差別的な表現をなくそうというポリティカル・コレクトネスに敏感だ。彼らは、「メキシコはアメリカに犯罪者や強姦犯を送り込んでいる」「貧困に苦しむ黒人たちに失うものなどない」などと、これまでの大統領候補ではあり得なかった言動を繰り返すトランプ氏を、国民が選ぶとは思わなかったのだろう。
しかし、私はトランプ氏が勝利したと聞いた時、周りほどの衝撃は受けなかった。信用していたデータ予想が大きく外れたことは意外だったが、アメリカがトランプ氏を選んだことに驚きはなかった。
ニューヨークやロサンゼルスといった大都会から離れた砂漠の町で、大手メディアが報じてこなかった「隠れた」アメリカをこの目で見ていたからである。そこには都市から押し寄せる時代の波に乗れない白人の、オバマ政権や既成政治勢力に対する不満と怒りが渦巻いていた。
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