1936(昭和11)年2月26日朝、旧陸軍の青年将校に率いられた反乱部隊が、首相官邸などを襲撃した「二・二六事件」。雪の首都東京を血で染め、日本を震撼(しんかん)させたクーデター未遂事件で命を奪われた渡辺錠太郎陸軍教育総監の次女で、ノートルダム清心学園(岡山市)の理事長、渡辺和子さん(89)が私学振興功労で旭日中綬章を受章し、インタビューに応じた。在りし日の父の思い出や、女子大での人格教育に携わった自らの半世紀を振り返った。
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和子さんは1927(昭和2)年に北海道旭川市で生まれ、父・錠太郎氏の転勤で台湾や東京の地を転々とした。錠太郎氏が53歳の時に生まれた4人兄姉の末っ子で、目の中に入れても痛くないほどかわいがってもらったという。
膝の上に乗せられ論語を音読したことを覚えている。東京都武蔵野市の成蹊小学校1年の時に、論語を始めから終わりまで間違えずに音読し、金賞をもらうと、「よく頑張った」と褒めてくれたという。
正月に書き初めの課題があり、もたもたしていると錠太郎氏が見かねてお手本を作成。和子さんがその上をなぞり、学校へ持っていくと金賞をもらえたというエピソードもある。「本当にかわいがってくれました。私も父を慕ってどこにでも付いていって。梅を見に偕楽園にも行ったし、軍司令官として台湾に向かった時も付いていきました」。
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