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大名跡を襲名して 女形・五代目中村雀右衛門

大名跡と亡き父への思い

 歌舞伎の華といえば、女形。気品のあるお姫さまやかれんな町娘、貞淑な女房、哀しみを背負った遊女と多彩に演じる中村雀右衛門さんは2016年3月、名女形として知られた亡き父の名跡を五代目として継ぎ、全国各地で襲名披露を行ってきた。今後のさらなる活躍に期待が高まる雀右衛門さんに、襲名への思い、女形としての心がけなどを聞き、こしらえ(化粧などの支度)の様子も見せてもらった。

(時事通信社文化特信部 中村正子)

―2016年3月の歌舞伎座を皮切りに、博多座(6月)、大阪松竹座(7月)、地方巡業(8~9月)と襲名披露興行を行ってきた。その全てで違う演目に取り組み、初役も多かった。

 歌舞伎座で襲名披露興行の初日が開いてから9カ月、あっという間でした。50年間、芝雀という名前を名乗っておりましたから、新しい名前がしっくりくるには、まだしばらく時間が掛かるだろうなと思います。精いっぱい、自分のできる全てを尽くして舞台を務めさせていただかないと、雀右衛門という名につながっている人たち、父に対しても申し訳が立たない。今まで以上に責任感を感じながら毎日の舞台を務めています。

―人間国宝で文化勲章も受章した父・四世中村雀右衛門(1920~2012年)は、晩年まで瑞々しさを失わず、情の通った芝居で観客を魅了。オフでは革ジャンを颯爽と着こなす現代的な一面もあった。

 ファッションにとても敏感で、流行の厚底ブーツを履いていたこともありました。スポーツクラブにも通っておりましたけども、体を鍛えるということだけではなく、気持ちの上で若返るということだったと思います。自分の年齢より若い方たちの相手もするので、女形は若くなくちゃいけないという心持ちが、革ジャンに象徴されていたのかなと思っています。年齢の割にはヒップアップしてまして、足も長かったので格好良かったですよ。僕はああいう格好すると、どうもダメですね。でも、父ほどじゃないまでも、多少は若く見えるように努力はしているかな。

 中村雀右衛門(なかむら・じゃくえもん)1955年11月20日生まれ。61年に初舞台を踏み、64年9月、歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」のおひろで七代目中村芝雀襲名。2016年3月、歌舞伎座で「鎌倉三代記」の時姫と「金閣寺」の雪姫で五代目中村雀右衛門を襲名。

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