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アントニオ猪木、モハメド・アリを語る

1976年の異種格闘技戦

 プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリ氏が2016年6月3日、死去した。74歳だった。

 20世紀を代表するカリスマ的英雄だったアリ氏。日本では1976年6月26日に東京・日本武道館でプロレスラーのアントニオ猪木と対戦した異種格闘技戦が今なお語り継がれている。

 アリ氏が東洋人との対戦を希望していると聞いた猪木氏が、アリ氏に挑戦状を送り、「世紀の一戦」は実現した。世界中の耳目を集め、東京・日本武道館で行われた試合は、マットに横たわり、アリ氏の足をキックで狙う猪木氏と、パンチを繰り出せないアリ氏がともに攻めあぐみ、15ラウンドの末、判定で引き分けに終わった。

 当時は試合内容を酷評する声も多かったが、現在の総合格闘技の基礎になったとして再評価されている。また、この一戦をきっかけに二人は交流を深め、98年の猪木氏の引退試合にはアリ氏がゲスト出演した。

 アリ氏死去から約2週間後の6月中旬、猪木氏に「世紀の一戦」とその後のアリ氏との交流について聞いた。(時事ドットコム編集部)

 ◇モハメド・アリ 60年ローマ五輪のライトヘビー級で金メダルを獲得した後、プロに転向。64年に世界ヘビー級王座を獲得した。直後にブラック・ムスリムに入信し、カシアス・クレイからモハメド・アリと改名。67年には兵役を拒否、タイトルとボクシングライセンスを剝奪された。70年に復帰し、74年にコンゴ(旧ザイール)のキンシャサで行われたジョージ・フォアマン戦で、絶対不利の予想を覆してKO勝ちし王座を奪還。この一戦は「キンシャサの奇跡」と呼ばれ語り継がれている。81年に引退。通算19回のタイトル防衛を果たし、戦績は56勝(37KO)5敗だった。全盛時のクレバーなボクシングスタイルは「チョウのように舞い、ハチのように刺す」と評された。引退後は病気と闘いながら、96年のアトランタ五輪開会式では聖火の最終点火者を務めた。

 

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