日本を代表する港が集まる東京湾は、世界有数の混雑海域だ。巨大タンカーから小さな漁船までさまざまな船が絶えず行き交い、S字形の湾内は操船が難しい。過去には船同士の衝突事故も起きている。船に航行ルールを順守させ、湾内の安全を守る海上保安庁の巡視艇に乗船し、航路哨戒業務の現場を取材した。(時事通信社社会部記者・山中貴裕)
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2016年春のある日。PC型巡視艇「はまなみ」は、横浜・みなとみらい地区にある第3管区海上保安本部の横浜海上防災基地をゆっくりと出港した。波は穏やかだが、薄曇りで風は冷たい。
「きょうは日曜なので遊漁船が多いですね」。ベイブリッジをくぐった先で、松下達也船長(30)が説明してくれた。穴場スポットなのか、十数隻の釣り船から釣り糸が垂れている。
「航路をふさいでいます。大型船の通過時には気を付けてください」。船橋の乗組員がスピーカーマイクを使って注意を呼び掛けた。船体横に設置された電光掲示板を使って呼び掛けることもあるが、指示ではなくあくまでも「お願い」にとどまるという。
はまなみの船橋にはレーダー画面が備えられ、周辺を航行する船が黄色い印で表示される。目的地や速度などの情報を発信する船舶自動識別装置(AIS)を搭載した船であれば、小さな三角形の記号が重なって表示される。船橋の乗組員は、レーダーだけでなく双眼鏡を使い、自らの目で湾内に異常がないか熱心に警戒を続ける。
「あれは自動車運搬船で、いかりを下ろして停泊していますね」。松下船長に言われて双眼鏡をのぞき込むと、巨大な船体から細いひものようなものが海中に垂れているのが見えた。慣れると肉眼でも見分けられるようになるという。「甲板がフラットなので、あれは内航(国内)の貨物船です。ファンネル(煙突)マークで会社も分かりますよ」。航路哨戒に当たる海上保安官は、船の形や向きなどを見ただけで、瞬時にさまざまな情報を得ているようだ。
〔用語解説〕はまなみ
1996年3月に建造された巡視艇で、全長35メートル、総トン数110トン。エンジンを2基搭載し、最高速度は25ノット以上。第3管区海上保安本部に所属し、乗組員は9人。航路哨戒の他に、海難救助や外国船への立ち入り検査、海上犯罪の取り締まりなど多様な業務に使われる。
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