辞書づくりの楽しい悩み ~編集者の秘めた本音~

辞書が白菜のようになる

 最近は、紙の辞書ではなくデジタル辞書を使う人のほうが多くなっています。確かにデジタル辞書は便利ですが、紙の辞書にはデジタル辞書にはない楽しさがあります。

 まず、寄り道ができること。デジタル辞書は探した言葉しか出てきませんが、紙の辞書は探している言葉の周囲にある言葉も目に入ります。同じ音なのに意味の異なるたくさんの言葉を見ていると、新しい発見も生まれてきます。

 また、巻末の付録も楽しめます。巻末付録は、各辞書の編集者が辞書本来の目的である言葉の意味の解説とは違った方向から工夫を凝らして作っているので、ぜひ読んでみてください。興味深い発見ができると思います。私は巻末付録的なものを集めて『日本語便利辞典』という辞書を作ってみました。これがなかなか好評で、順調に版を重ねています。

 私はいま「辞書引き学習」を進める活動もしています。辞書引き学習は中部大学の深谷圭助准教授が開発したもので、辞書で引いた言葉を付せんに書いて、該当ページに貼っていく学習法です。小学校低学年が対象ですが、幼稚園から始める子どももいます。1000枚くらい貼ると辞書を引くことが楽しくなるようで、自分から調べたい言葉を見つけて辞書を引くようになってきます。付せん紙だらけの辞書は膨れ上がって白菜のようになります。辞書出版社より付せん紙の会社がもうかっているかもしれません(笑)。

 調べた言葉は使いたくなるらしく、子どもには難しいのではと思うような言葉や慣用句を会話の中に織り込むので、親が驚くこともあるようです。言語能力が上がり、読書量も増えていきます。首都圏のある小学校の調査では、辞書引き学習をしたグループとしなかったグループで、国語のテストの平均点に10点以上の差があったということです。

 大人もどんどん辞書を使ってほしいと思います。辞書引き学習の指導では自宅にある辞書を持ってきてもらうのですが、中にはほとんど使った形跡のない古い辞書を持ってくる子どもがいます。そんな辞書を見ると少し悲しくなります。辞書は使い倒すくらいに使ってほしい。書棚の飾り物にしないでほしいですね。

 辞書は多くの関係者が幾度も検討を重ね、刊行時点で最高の内容となるように作っているのです。そうして作った辞書を使い込んでいただけたら、辞書編集者にとってこれ以上の喜びはありません。

 『悩ましい国語辞典』は辞書や言葉のガイドの役割もあります。読んでいただけば、言葉についてこだわるようになると思います。カラオケで歌っているときも、歌詞の「風の噂」という日本語は果たして正しいのか。「シクラメンのかほり」という歴史的仮名遣いはこれでいいのか。こんなことも楽しんで考えてください。

【神永 曉(かみなが さとる)】
小学館出版局「辞書・デジタルリファレンス」チーフプロデューサー。1956年、千葉県生まれ。小学館に入社以来、36年間ほぼ辞書編集一筋の編集者人生を送っている。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方のわかる類語例解辞典』『標準語引き日本方言辞典』『例解 学習国語辞典』『日本語便利辞典』『美しい日本語の辞典』など多数。NPO法人「こども・ことば研究所」を設立し、「辞書引き学習」を中心とした活動で全国行脚している。著書は『悩ましい国語辞典――辞書編集者だけが知っていることばの深層』(時事通信社)。

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