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辞書づくりの楽しい悩み ~編集者の秘めた本音~

明治18年の「携帯電話」

 「辞書かがみ論」の見坊豪紀先生は、140万以上の用例を採取したことでも知られています。見坊先生が『日本国語大辞典(日国)』初版の編集委員だったというご縁もあり、私も入社直後の頃に新語の用例採取の方法を直接指導していただきました。

 用例は、その言葉がいつ、どういう場面で、どのように使われているのかを知る鍵となる大切なものです。用例をたどることで「悩ましい」のように意味が変遷している言葉があること、誤用とされている言葉が決してそうとは言い切れないことがわかるのです。

 「全然」もそうした言葉の一つです。「全然」は後ろに否定形がくるのが正しい用法であり、「全然大丈夫」のように肯定形で受けるのは誤用だとする人が多くいます。しかし用例を見てみると、明治の文豪・夏目漱石も「全然」の後に肯定形を用いた表現をしていることがわかります。

 また「的を得る」は、「当を得る」との混同であり「的を射る」が正しいとする人が多く、誤用と言い切る辞書もありました。しかし、類語に「正鵠を得る」があることや、文学作品の用例を見ると誤用とは言い切れないことがわかります。「眉をひそめる」も、本来の言い方ではない「眉をしかめる」を使う人が半数近くいるとされます。しかし用例を見ると、どちらも古くから使われていることがわかるのです。

 「マジ!」とか「パニクる」といった言葉の使い方に眉をひそめる(!)人もいますが、まじめを略した「まじ」は江戸時代に用例があるし、「る」を加え動詞化する言葉も「剣菱(けんび)る」(銘酒「剣菱」を飲む)という言い方が江戸時代からあります。

 用例を見ていると、大作家が誤った言葉を使っていることがわかるのも面白いですね。太宰治はその一人で、「貧すれば鈍する」を「貧すれば貪する」と誤っている例が二つ見つかっています。確かに「ドンする」を「貪欲」の「ドン」と間違えるのはありそうなことですが、文豪と呼ばれる作家でもそうした間違いをしていることは興味深いです。

 「ビラ」は英語のbillとほとんど同じ意味で外来語ととらえる人もいますが、これは偶然で式亭三馬の滑稽本に使用例があるれっきとした日本語です。漢字では「片」「枚」と書きます。

 「携帯電話」を『日国』で引くと明治18年の用例が出てきます。

 「朝野新聞‐明治一八年‐一〇月二七日」に「今度海軍省にて携帯電話機数十個を製造になる由にて」とあるが、当時の仕様については未詳。
と書いてありますが、この携帯電話はどんなものだったのでしょうか?

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