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泰緬鉄道建設 元鉄道兵の回想

別名「死の鉄道」

 太平洋戦争中、旧日本軍が軍事物資の輸送などを目的に、タイとビルマ(現ミャンマー)の間に建設した泰緬(たいめん)鉄道。1942(昭和17)年に工事が始まり、翌年10月、全長415キロ(ノンプラドック―タンビザヤ)に及ぶ全線が開通した。

 作業には日本軍のほか、連合国軍捕虜や現地のアジア人労働者ら延べ10万人以上が従事。十分な栄養補給や休息もなく、雨期のジャングルを切り開く過酷な労働環境と熱帯病などが原因で、数万人もの犠牲者が出たとされ、別名「死の鉄道」とも呼ばれた。

 大阪府吹田市に住む木下幹夫さん(95)は陸軍鉄道兵として、泰緬鉄道の建設に従事し、日本軍が大敗したインパール作戦の出発地となった鉄道駅の駅長も務めた。

 資器材が乏しい中、軌道の敷設作業はいかに困難を伴ったか、作戦が失敗して敗走する日本軍将兵らを目の当たりにしたときの胸の内はどうだったのか。当時を思い起こしてもらった。

 木下さんは悲惨な戦争の犠牲者に祈りをささげるため、今もミャンマーへの慰霊の旅を続けているという。

聞き手:大阪支社 上原栄二
編集:時事ドットコム編集部
(2015年9月18日)

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