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日航機墜落から30年 それぞれの思い

夫が植えた庭の柿、絵本に

 単独で航空史上最悪の惨事となった日航機墜落事故では、乗客乗員520人の命が失われた。愛する人が突然いなくなったあの日から2015年8月12日で30年。前向きに生きようとする遺族や再発防止を誓う日航社員らを取材し、30年目の思いを尋ねた。(時事通信社会部・山中貴裕、前橋支局・小嶋紀行)

 短い遺書を残し、40歳で逝った夫が庭に植えた柿の木は、日航機墜落事故の年の秋、初めて実をつけた。涙を流して食べた日から30年。小中学生だった息子2人はそれぞれ家庭を持ち、孫も生まれた。谷口真知子さん(67)=大阪府箕面市=は、支えてくれた人への感謝を込めて絵本「パパの柿の木」を作った。

 化学メーカー社員だった夫の正勝さんは、東京で上司の葬儀に出席した帰りに事故に遭った。「まち子 子供よろしく 大阪みのお 谷口正勝」。遺体のズボンのポケットから、鉛筆の走り書きが見つかった。

 家族で行くキャンプやスキーが好きだった。穏やかな性格で、子供をしかる時は目を見て諭し、声を荒らげることはなかった。母子家庭で育った谷口さんにとっても、唯一「パパ」と呼べる人で、頼り切っていた。

 事故で生活は一変した。3人で毎日泣いて暮らしたが、専業主婦だった谷口さんは資格を取りアパート経営を始めた。「パパには一生分優しくしてもらった」と口をそろえた息子2人は2008年にそれぞれ結婚、孫娘3人に恵まれた。

 昨年9月、次男誠さん(39)一家と御巣鷹の尾根に登った際、5歳の孫娘から「生きているパパのパパに会いたかった」と言われた。「パパに会えるわけじゃない」と墓参りを拒んだ当時の長男の姿と重なった。

 「夫が生きていたことを形にして孫に残してあげたい」。そんな思いから今年7月、絵本を60部作り、お世話になった友人や近隣住民に贈った。

 事故の5年前、正勝さんが庭に植えた柿の木が事故後に初めて実を結び、食べた3人が少しずつ立ち直っていったこの30年を題材にした。最後のページには、実をつけた柿の木の前でほほ笑む谷口さん一家が描かれ、「パパ、いつもほんとうにありがとう」と結ばれる。作画を担当したイラストレーター亭島和洋さん(39)は「谷口さんの笑顔は、悲しみを乗り越えてたどり着いた笑顔です。それを描きました」と話す。

 谷口さんは、今もふとした時に優しかった正勝さんを思い出す。「パパがいてくれたら」。涙がこぼれることもあるが、「前向きに生きていたら、いつか笑顔を取り戻せる。一日一日を大切にパパの分まで長生きします」と笑った。

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