2011年3月に起きた東京電力福島第1原発事故から8年。3号機原子炉建屋の最上階にある使用済み燃料プールから、核燃料を取り出す作業が19年4月15日に始まった。
同原発1〜6号機のうち、核燃料の搬出は4号機に続いて2基目。圧力容器にあった核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)が起きた1〜3号機では、初めての取り出し作業になる。
時事通信の記者が、作業直前の建屋最上階(オペレーティングフロア。通称「オペフロ」)と、搬出に使う機械の操作室に入り、燃料の取り出しが始まる瞬間を取材した。(福島支局・菓子翔太)
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15日午前5時半、原発事故の経緯や廃炉の進捗(しんちょく)状況について紹介する「東京電力廃炉資料館」(福島県富岡町)に集まり、バスで福島第1原発に入った。原発まで約10キロの移動中、国道6号からは原発事故による避難指示で人がいなくなり、草が生い茂ったコンビニやゲームセンター、民家などが見えた。
福島第1原発は、放射線量の高さに応じて「R(レッド)」「Y(イエロー)」「G(グリーン)」の3区域に分けられ、3号機のオペフロは「Y」ゾーンに当たる。ここでは、白い防護服の着用だけでなく、綿とゴムの手袋を着けた上、ビニールテープを手首に巻き、もう1枚ゴム手袋を重ねる。防護服の上から靴下を履き、顔の下半分を覆う「半面マスク」を着け、ようやく準備完了となる。携帯電話の持ち込みは禁じられている。
装備が整うと、3号機を囲む作業用足場に設けられたエレベーターに、東電や資源エネルギー庁の担当者、カメラマンらと乗り込んだ。約1年半前に訪れた時には、ZARDの「負けないで」のメロディが流れていたが、今回は「宇宙戦艦ヤマト」。放射能に汚染された地球を救う物語だ。
今回、燃料搬出が始まった3号機は、事故時の水素爆発で建屋が大破した。当初は、鉄骨などのがれきが大量に散乱し、放射線量が毎時800ミリシーベルト程度(2011年9月〜13年10月)あったという。(シーベルトは人が受ける放射線量の単位)
現在は、がれきが撤去され、鉄板が敷かれているほか、放射性物質の飛散防止などのため、ドーム形のカバーが設けられている。放射線量は、毎時1ミリシーベルト以下にまで下がったとされる。
最上階に上がると、燃料をつかんで輸送容器に入れる「燃料取扱機」と呼ばれる機械と、輸送容器を1階まで降ろすクレーンが設置されていた。搬出時は、作業員の被ばく量を低減するため、これらの機械を遠隔操作して行う。現場は上からライトで照らされているものの、少し暗かった。
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