稀勢の里、苦闘の日々

【土俵百景】稀勢の里の「形」

 ◆想像と違う大関昇進

 今年も十大ニュースの季節になった。マスコミ各社が選ぶ10項目の中には必ず、東日本大震災、東京電力福島第1原発事故、野田内閣誕生などともに、大相撲の八百長問題が入っているに違いない。平穏な年だったら、日本人大関が2人続けて誕生したら9番目か10番目に入ったかもしれないが、私も弊社のスポーツ十大ニュースアンケートで、大相撲の関係は八百長問題にしか投票しなかった。
 とはいえ、1年最後の九州場所で稀勢の里がようやく大関になり、少し顔を上げて来年を迎えようと思っている角界関係者やファンもいるだろう。
 このところ相撲協会は何をしてもたたかれるので、稀勢の里を直前3場所32勝で昇進させたことに対する批判があったが、勝ち星に問題はないと思う。33勝が目安とされてはいるが、規定があるわけではない。
 大関は常に最低10勝か11勝を挙げ、10日目すぎまで優勝争いに絡むのが務め。三役で3場所ほど続けて大関並みの成績を残せれば、昇進しても務まるだろうというのが目安の根拠だから、11勝×3=33勝、10勝×3=30勝の間の32勝なら要求を満たしている。八百長の存在が明るみに出た今、むしろ35勝も挙げて昇進した後に8勝、9勝止まりが続けば、それこそ怪しまれる。審判部には「横綱になるんじゃなくて、大関になるんだから。当たり前の話だけど、横綱に上がるときより条件は低いさ」と、妙に好成績を求める声に首をひねる親方もいた。
 そんなわけで成績に異論はないけれど、想像していたのと少し違う昇進ではあった。稀勢の里が大関になる時は、いつかどこかで開眼したように相撲が変わり、「形(かた)」を身につけて昇進していくイメージを持っていたからだ。そして、大関になったらそのまま横綱にも駆け上がっていくような―。
 そんな兆しを感じたこともあった。
 2008年初場所、朝青龍を見事な左四つの体勢で送り倒した相撲。この頃は、左四つで寄る「形」の萌芽だと期待されたものだった。2度目は昨年の九州場所と今年の初場所、立ち合いに腰が割れ、いい角度で頭から当たり、立ってからも腰の位置が低い相撲が続いた時。勝ち星は10勝、10勝だったが、何かが変わったように見えた。しかし、春場所の中止で勢いがそがれたわけでもないだろうが、その後は腰高で立ったり、立ち遅れたりする相撲がまた目につき始めた。大関を意識して硬くなったせいもあるのだろうけど。

 ◆悪い時のひらめき

 強い力士には「形」があるといわれる。こうなったら相手が誰でも簡単には負けないという「形」。それが、稀勢の里にはまだない。左四つが得意の体勢ではあるが、組むと腰高になって相手にもまわしを取られやすい。右の肘が開き、上手の引き付けが利かなくて思うように出られない。投げもない。左四つになる手順も、なかなか確立されなかった。上手を取るのが早いわけでなし、左を差すのが早いわけでもない。中途半端な張り差しで何度墓穴を掘ったことか。
 亡くなった先代鳴戸親方(元横綱隆の里)は、そんな稀勢の里に突き押しを磨かせてきた。体型を見ても押し相撲のタイプには見えないし、親方も「根は四つ相撲だと思うんだけど」と言うのになぜ、と思って問うと、そのたびに「押しが基本だからね」「今はまず基本をしっかりやることだから」「自分で流れをつくる相撲を身につけなければ」と、答えが返ってきた。
 決して器用とはいえない稀勢の里に、初めから組む相撲を求めるのは難しいとみたのかもしれない。まずは突き押しで攻めようと思えば、腰が下り、立ち合いに迷わない。顔に力が入り過ぎるくらい気迫を前面に出す稀勢の里に合っているし、相撲のスケールも大きくなる。今改めて、この1年間に白鵬を倒した相撲や、九州場所序盤の相撲を映像で見ると、親方が求めていたのはこういうことだったのかな、と思う。
 だが、突き押し相撲にはどうしても波がある。それだけで大関合格点の成績を続けるのは厳しい。流れの中で、離れて取り切るか四つに組むかをどう判断するか。親方が言っていた「流れが悪くなったときのひらめき」は身につくのか。左四つになってからはどう攻めるのか―。以前は避けていた負け相撲の映像を、何度も見るようになったという新大関。「これからは自分で考えなさい」と、亡き師匠の声が聞こえるようだ。(時事通信社・若林哲治「土俵百景」から)
(2011.12.18配信)

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