◆逃げた白星
◇2017年九州場所初日(11月12日、福岡国際センター)◇
全休明けの横綱稀勢の里が初日からつまずいた。2日目の相手はこの日、横綱日馬富士を破って弾みを付けた新小結阿武咲。結果次第では、一段と苦しい状況に追い込まれる。
花道を下がりながら、思わずさがりをたたきつけそうになった稀勢の里。支度部屋の風呂からは、悔しそうな大声が聞こえた。報道陣の前では「うん」「うーん、まあね」と繰り返しながら、どこで白星が逃げたのかと、頭の中で取組を何度も再生しているように見えた。
相手の玉鷲が「何度も危ない場面があった」と振り返ったように、稀勢の里に勝機はあった。立ち合いに右で張って左を差した場面。ここで体を正対して寄せることができず、距離が空いた分だけ相手に突き返され、差し手を振りほどかれる。押し合いから、得意の左をあてがって押し込んだ場面。しかしここも攻め切れず、玉鷲に左右からのど元を突き起こされると、顔をそむけるように上体が立って押し出された。これが勝負勘の狂いというものか。
本場所の土俵は名古屋場所の5日目以来。立ち合い、最初に稀勢の里が早く、続いて2度続けて玉鷲が早く立って待った。4度目でようやく成立した。集中力も微妙に乱れたに違いない。本人も「まあねえ」と否定しなかった。
それだけではない。これが本場所。稽古場との違いだろう。玉鷲が「最後まで前に出たのが良かった」と話したように、相手力士たちは手負いの横綱相手に稽古場では見せない粘りも奇襲も、本場所では遠慮なく出してくる。とりわけ2日目の阿武咲は、今最も怖いもの知らずの若手だ。
◆皆勤さえすれば
吉兆ものぞいた。金星を献上した横綱として褒められたものではないが、花道での振る舞いには、心身が戦闘状態に入ったことがうかがえる。まだ左腕と胸のけがが重く、自信なさそうに取っていた夏場所、名古屋場所に比べれば顔つきも違う。支度部屋で「(状態は)そんなに悪くないと思うけど。切り替えてまたあした」とも口にした。取組前、部屋の西岩親方(元関脇若の里)が「大丈夫だと思いますよ。(場所前の状態が)今までと違いましたから」と話したのと整合する。
土俵入りから、満員の観客が大きな声援を送った。九州のファンは初めて見る稀勢の里の横綱姿だ。横綱としての延命と興行の両面で、今場所は最悪8勝でも皆勤してくれればというのが、ファンと角界関係者に共通の「祈り」だろう。
久々の日本出身横綱であり、新横綱で奇跡の逆転優勝を果たした春場所の残映があるからこそだが、歴代の横綱たちは「横綱は同情されたら終わり」と肝に銘じてきた。この窮地を脱することができなければ、その言葉が重みを持って稀勢の里に迫ってくる。(時事通信社・若林哲治)
(2017.11.12配信)
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