稀勢の里 苦闘の日々

勝ち越し王手、「その時」何を語る

 ◆先輩横綱たちの「危機脱出語録」

 大相撲秋場所9日目(17日、東京・両国国技館)、進退を懸ける横綱稀勢の里が大関栃ノ心を寄り切り、勝ち越しへ王手を掛けた。初日から報道陣にはほとんど口を開かない稀勢の里は、会心の相撲だったこの日も二言だけ。土俵生命のピンチを脱した時、何を語るのか。同じ経験をした先輩横綱たちが残した言葉をたどると-。

 相撲は分からない。前日、玉鷲にあっけなく押し出された稀勢の里が、見違えるような相撲で7勝目を挙げた。強く踏み込み、おっつけた後、巻き替えるように左差し。体を寄せて出ながら、右上手を引いた。これまでつかんでも引き付けられず、切られてしまうこともあった右上手だが、この日はいい位置をがっちり。形勢挽回を図る栃ノ心の左下手投げも、上手を引き付け、体を開かずにこらえる。左の下手も引き、腰を浮かさず、万全の体勢で東土俵に寄り切った。
 大関戦に最高の内容で勝ち、引退回避へ最低限の条件とみられる勝ち越しにあと1勝としたが、支度部屋では表情を崩さなかった。感情を押し隠した顔で明け荷の前に座り、相次ぐ質問にも無言。口を開きかけては「へ」の字に結んだり、ヒューと息を吐いたり。
 きょうもこのままかと思われたところで、「7勝目を挙げて何か思うところは」と聞かれて「うん、そうですね」。「あしたも集中して…」の問いに「しっかりやることを、しっかりやっていきたいと思います」と、辛うじて聞き取れる声で答えた。
 初日から「しっかり」「集中して」を繰り返し、この3日間はそれもほとんど出ない。口を開いて緊張が途切れるのを恐れるかのように、記者泣かせが続いているが、この状況では無理からぬこと。過去に力士生命の土俵際に立たされた横綱たちにも、よく見られた光景だが、ピンチを脱した時には、それぞれ味のある言葉を残している。
 2009年初場所。3場所連続休場の後で進退を懸けた朝青龍は、優勝決定戦で白鵬を破って23回目の優勝を果たし、見事な復活を遂げた。土俵上で両手を上げてガッツポーズ。日本相撲協会から注意を受け、お騒がせぶりも「復活」した。優勝インタビューでは「朝青龍、帰ってきました!」とやって観客を沸かせた。
 貴乃花は7場所連続休場の後で臨んだ02年秋場所、序盤で2敗の苦しいスタートながら、徐々に力強さが戻り、千秋楽まで優勝を争う驚異の復調ぶりを見せた。場所中はほとんど無言だったが、15日間を取り終えて「うん、すごく気持ちがいい」と充足感を口にしている。序盤戦の心境を問われて「千秋楽が全く見えなかった」とも明かした。

 ◆理事長も師匠も同じ経験

 1999年夏場所の曙は、3場所全休明けで初日、2日目と連敗する大ピンチだったが、11日目に勝ち越すと「多少の疲れはあるけど、そんなことは言っていられない」。終盤戦も白星を上積みして11勝を挙げ、報道陣に「連敗した時は、ここまでやるとは思ってなかっただろ」と胸を張った。
 北勝海(現八角理事長)は土俵生命の危機を迎えた89年初場所で、初日から無傷の勝ち越し。「こんなに勝てるとは。全部で8勝ぐらいだと思っていた」と打ち明けた。リズムを取り戻して復活優勝を果たし、「初日にお客さんから『北勝海待ってたぞ』と声が掛かってジーンときた」と述懐している。
 90年九州場所の大乃国(現芝田山親方)は、場所前に千代の富士と北勝海がいる九重部屋、旭富士(現伊勢ケ浜親方)のいる大島部屋へ出稽古。二所ノ関一門の稽古でも貴闘力ら激しい相撲を取る力士を指名するなど、なりふり構わぬ稽古をして臨んだ。11日目に勝ち越し。千秋楽では優勝が決まっていた千代の富士に一矢報いて、「二度とこんな思いはしたくないから」と語った。
 稀勢の里の先代師匠、隆の里も同じ経験をしている。両肘の手術などで4場所連続休場した後の85年秋場所、10勝でピンチを切り抜けた。勝ち越した日には「久しぶりだな。毎日が給金相撲のつもりで取っているよ」とほっとした顔で話した。
 83年九州場所は、北の湖がいよいよ最後かと思われたが、9日目に勝ち越し。「8勝1敗ぐらいでいきたい、いかなくちゃと思っていたからね」とは、常に高い目標を自分に課してきた大横綱らしい言葉だ。
 隆の里と同じ夜汽車で上京して入門した横綱2代目若乃花は、82年初場所で初日、3日目、5日目と負けて黒星が先行。そのたびに引退かと記者が二子山部屋へ走ったが、持ち直した。勝ち越しを決めた日には、口下手な横綱が「優勝したみたいにうれしいよ」と、はにかむように白い歯を見せた。
 今場所に限らず、日頃から記者の前で「字になる」コメントをするのが苦手な稀勢の里。必ずしも気の利いたことを言う義務はないが、勝ち越せた時、あるいは10勝できた時、それとも千秋楽まで取り終えた時には、どんな言葉で心境を語るか。
 10日目の相手は元気がない遠藤とはいえ、今の稀勢の里に楽な相手はいない。この日、土俵下で審判として見た貴乃花親方は、自らの経験も重ねて「今場所一番、気迫があった。いかに緊張感を気迫に変えられるか。きょうはそんな一番でした。後半戦の方が、力が拮抗している横綱、大関とやるから(負けられない下位相手より)やりやすい」と窮地脱出、そして復活への期待を寄せた。(時事通信社・若林哲治)
(2018.9.17配信)

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