稀勢の里 苦闘の日々

「真の復活」はあるのか

 ◆ファンにも一言もなし

 稀勢の里の長い15日間が終わった。秋場所千秋楽(23日、東京・両国国技館)、白鵬が41度目の優勝に全勝で花を添える傍らで、稀勢の里は豪栄道に敗れて10勝5敗。何とか進退を問われない成績で乗り切ったが、来場所以降の真の復活に向け、課題も明らかになった。
 前日、鶴竜との横綱同士の一番に勝って白星を2桁に乗せた稀勢の里。この日は豪栄道に左四つで先に上手を許し、重心が浮いたところを、突き落とされた。
 負けた後とはいえ、試練の場所を終えたこの日は、率直な思いを語るかと思われたが、相次ぐ質問にも沈黙。「応援してくれたファンの皆さんに一言」と求められても無反応だった。8場所という前例のない連続休場の間、今場所こそと期待して前売り券を購入してがっかりさせられたファンも、今場所の取組をドキドキしながら見守ったファンも多いはずだが…。
 八角理事長(元横綱北勝海)は「相当疲れていると思う。逆に乗り切れた自信にもなる」とねぎらいつつ、「しっかり休んで巡業で稽古すること」と来場所の完全復活を求めた。すでに九州場所の前売り券は完売している。
 9場所ぶりに皆勤し、千秋楽まで取り切るのに必要な体力や精神力を、久々に実感できたのは収穫だろう。元大関琴欧洲の鳴戸親方は「まだ15日間取る体になっていなかった。だから、いい相撲を取った次の日にあっけなく負けることが何番もあったのでは」とみる。
 長期休場の原因となった左の腕と胸も、左差しやすくい投げなどでよく使っていた。これだけ使ってまた悪くなっていなければ、来場所はもっと思い切って使えるかもしれない。
 しかし、栃ノ心戦などのわずかな快勝を除けば、相撲内容には復活への課題がくっきり浮かぶ。同じ二所ノ関一門の芝田山親方(元横綱大乃国)は「相手に対する圧力のない立ち方が多い」と語り、八角理事長も「当たってからの圧力を戻したい。押されなかったら(きょうのような)ああいう突き落としは食わないから」と指摘する。

 ◆右上手が遅い弱点

 以前から、左四つで右上手を取ればいいが、なかなか上手が取れない。元横綱で解説者の北の富士勝昭さんは「先に上手を取りにいかないで左を差しにいくんだが、差して安心してしまうのかなあ。上手が遅い。だから半身になりやすい」、芝田山親方も「左を差して右肩が上がる体勢になる。だから余計に上手が遅くなるし、取っても遠くなる」と、稀勢の里独特の四つ身の形に首をかしげる。
 押しは基本だが、前さばきや差し身が不器用な稀勢の里に、亡き先代師匠(元横綱隆の里)は幕内に上がってからも突き押しを教えた。兄弟子の西岩親方(元関脇若の里)も「やっぱり稀勢の里の一番強いのは押しだと思う。それで17歳で十両に上がった。押してから左四つになる形だね」と話す。体があってリーチが長い稀勢の里には、突き押しからの攻めが合っていたようだ。
 ただ、離れて取る相撲は動き負けするリスクもある。横綱昇進前は突き押しが減り、得意の左おっつけを利かせて相手に正対し、圧力を掛けて出る相撲が増えていた。そうしたところへ左の腕と胸の大けが。後遺症なのか、おっつけが戻らない今場所は、2人の元横綱が指摘するように不十分な左四つが多かった。さりとて、かつてのような突き押しは、休場続きで動きや勘が鈍った状態ではなおさらリスクが大きかった。
 果たして今から、右上手を先に狙う相撲に変えることができるものなのか、他に何か打開策があるのか。北の富士さんも芝田山親方も、稽古の工夫を求める。
 「連合稽古でもせっかくいろんな相手がいるのに、どうして同じ相手としかやらないのかな」と北の富士さん。芝田山親方は「嫌な相手とどんどん稽古すること。横綱なんだから、自分で考えなければ」。
 鶴竜は今場所前、恒例の時津風部屋への出稽古で、豊山や正代らと組まずに離れて取る相撲があった。聞けば、痛めていた右手指が「まわしをつかむには大丈夫だけど、まだ突く時にピリッとくることがある。だからわざと立ち遅れて離れて取ってみた」という。「この横綱は毎日、目的を持って出稽古に来る」とは豊山。その鶴竜さえ、10連勝がうそのような5連敗で「終盤の5日間は0点」と肩を落とした。
 稀勢の里が長かった場所の疲れを癒しながら、今場所前の見通しと結果をいかに検証し、次に生かせるか。番付発表は10月29日。真の復活を求められる九州場所は、すぐにやってくる。(時事通信社・若林哲治)
(2018.9.23配信)

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