大相撲 新星探査

向中野 「優しさ」克服、あと一歩

 大相撲の幕下力士から次代を担うホープを時事通信の相撲担当記者が推薦する「大相撲 新星探査」は、これでいったん終了します。2017年の開始以来、コロナ禍の中断を挟んでご愛読いただき、ありがとうございました。(時事通信大相撲取材班)

◆師匠が挙げていた課題

 立ち合いから相手の土俵に踏み込んで戦えるようになってきたのは成長の証だ。宮城野部屋の向中野(20)は初土俵から2年、5月の夏場所で番付を東幕下6枚目まで上げ、新十両が現実的になってきた。
 身長、体重のサイズがほぼ同じ。丸っこい体から繰り出す突き押しを武器に入門以来、新型コロナウイルスに関連する休場を除いて、初めて負け越したのが昨年の秋場所だった。師匠の宮城野親方(元横綱白鵬)が「優しさがちょっと出てしまう。ハングリー精神がもう少しついてくれば、成長してくれると思う」と課題を話したのはこの頃だ。
 師匠の言う「優しさ」の意味を、向中野は「立ち合い、詰め、心の甘さを『優しさ』と言っているのだと思う」と考えていた。ぶつかり稽古の後に四股を踏む時でも「力を抜いたらきつくなくなる」と集中しながら取り組むようにした。入門した時から相撲の技術や筋力トレーニング面などで指導をしてくれる、母校・鳥取城北高のOBでもある元幕内の石浦からは「自分に厳しく、自分に負けない」とハッパを掛けられ続けてきた。

◆奉納相撲で知った力士の力

 三重県伊勢市出身。小学校6年生の時、神宮奉納大相撲で力士のすごさを知った。土俵に上げてもらってぶつかり稽古をしたが、当時、体重100キロ程度だった隆の山(元幕内)がびくともせず、「一番軽そうでいけると思ったら、めちゃくちゃ重くて。細いのに押しても押せない、こんな人がいるのだ」と衝撃を受けた。
 中学1年の途中で相撲に打ち込むため、鳥取市の中学に転校し鳥取城北高に進学した。コロナの感染拡大で試合がないつらい時期もあったが、強豪校で技を磨いてきた。
 同じ部屋の落合は1学年後輩にあたり中学、高校と切磋琢磨してきた仲だ。
 付け出し資格を持つ落合はいきなり幕下10枚目格でデビューし、昭和以降で初めて初土俵から1場所で十両昇進を果たした。前相撲から始めた向中野としては「正直、嫉妬(しっと)というか『いいなあ』というのはあった」と明かすが、「でも、それは自分が弱いから、負けるということなので」と自らを奮い立たせてきた。

◆周りが見えるように

 今年に入って立ち合いに相手の注文にはまることが少なくなり、「相手の雰囲気や目を見て『何かおかしいな』というのが分かる。周りが見えるようになってきた」と自信を感じている。
 最近では「押し相撲はできてきた」という師匠から、まわしを取られた時の切り方などを直接、教えてもらうようになり、「質が高い」と奥深さを感じつつ、充実した稽古ができているという。
 東幕下8枚目で臨んだ春場所は4勝3敗と勝ち越し、「来場所はしっかり優勝して上がりたい」と力強く話していた。身近な目標もいる今、新十両をより現実的なものにして、その夏場所を迎える。

◇向中野(むかいなかの) 2002年9月7日生まれ、本名向中野真豪(むかいなかの・しんご)、三重県伊勢市出身、宮城野部屋。179.8センチ、176.8キロ。鳥取城北高卒業後に入門し、21年夏場所初土俵。
(時事通信相撲担当・藤井隆宏、写真・小川泰弘)

◆神宮奉納大相撲 例年、春場所後に行われる伝統行事。伊勢神宮の正式名称が「神宮」であることからこう呼ばれる。伊勢神宮崇敬会の発足から2年後の1955年に千代の山、鏡里、栃錦、吉葉山の4横綱を迎えて第1回が行われた。日本相撲協会理事長、横綱・大関らが参拝した後、横綱が手数入りを奉納する。稽古や取組などが行われる相撲場は現在、観客席まで覆う屋根も整備された。今年はコロナによる中止を経て4年ぶり66度目を迎え、照ノ富士が化粧まわし姿で宇治橋を渡り、内宮で手数入りを奉納する姿を多くの観客が見守った。(2023.5.1)

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