2016スポーツ・クローズアップ

【柔道】本能で逃げた1分

 ◇「新種」ベイカーが金

 頂点への残り1分余り、引いてはいなし、逃げてしのいだ。リオデジャネイロ五輪柔道男子90キロ級を制したベイカー茉秋(22)=東海大=の決勝は日本柔道が重んじる戦いとは対極だったが、賛否はともかく、信念は貫かれていた。

 リパルテリアニ(ジョージア)から大内刈りで有効を奪い、指導二つを受けながら逃げ切った。耳をつんざくブーイングの中で手をたたき、拳を握った。ベイカーの表も裏も知る指導者は、苦笑しつつも温かく見届けた。

 日本男子を率いた井上康生監督は「これまで日本では否定されていたタイプが新たな面白さを切り開いた」と評し、敬愛の念を込め「新種」と呼ぶ。東海大で指導する上水研一朗監督は、あのラスト1分にベイカーの本能を感じたという。異端の柔道家はつぶされることなく、師匠たちに大事に育てられて金メダルを手中にした。

 一本を追い求めても負けたら意味がないとベイカーは考える。米国人の父を持ち、小学5年までインターナショナルスクールに通った。生まれ育った環境、性格、感性を受け止めて、上水監督は「その考え方を伸ばしてあげよう」と接してきた。

 大学の授業も3分の2以上の出席規定を際どくかいくぐったが、「試合の中でもそういう計算が立つ」と上水監督はとがめなかった。結果を求める姿勢は徹底している。

 近年は他の格闘技なども取り入れた外国勢の水準が上がり、日本は伝統に安住できなくなった。一本を狙う理想だけでいいのか。合理主義のリアリスト。日本の歴代王者とは違う哲学を持つベイカーがもたらした金メダルが、そう問いかけた。(注=年齢、所属は12月現在)

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