特集・懐かしの軍用機

ドイツ復興のあかし VJ101

 第2次大戦中、実用ジェット機をいち早く開発したドイツは、敗戦によって東西に分裂、米ソ両大国による管理下で軍事技術を独自開発することは、そう簡単にできなかった。1959年になると、西ドイツのメッサーシュミット、ハインケル、ベルコウの3社は共同企業体EWRを創設、西ドイツ政府の財政支援も受けて国産VTOL戦闘機の開発を始めた。北大西洋条約機構(NATO)の近距離支援戦闘機プロジェクトに合わせたもので、中高度でのマッハ1.5以上の速度、爆弾0.9トン以上を搭載した対地攻撃能力、さらに長さ200メートル未満の未舗装滑走路で運用可能などの厳しい条件をクリアするため、EWRはジェット推進による超音速VTOL戦闘機の実用化を目指した。

 63年に公開されたVJ101Cの試作1号機は、推進方向を変換できるティルト方式のジェットエンジンを主翼の両端に2基ずつ計4基備えたほか、胴体後部に垂直推力専用のエンジン2基を内蔵した6発機で、同年4月に初飛行、9月には垂直に離陸して水平飛行に移り、さらに垂直に着陸する遷移飛行に成功した。試作2号機はアフターバーナー(ジェットエンジンの高温排気に燃料を再噴射して推力を増加する装置)を装備して超音速飛行も実現、ドイツ航空技術が復興したことを証明した。

 EWRはVJ101Cを実験機と位置付けており、実用タイプとなるVJ101Dでは翼端のティルトエンジンは廃止し、水平方向に固定したジェットエンジン2基と、垂直上昇と水平推進共用のエンジン5基を組み合わせた方式になった。ただ、NATOのプロジェクトに採用されることはなく、VJ101Dの実機も製造されないまま、1970年代に入って西ドイツのVTOL戦闘機開発自体が中止された。機体の全重量を垂直に持ち上げるVTOLは、エンジンに大きな推力を必要とするため、通常型航空機に比べ著しく燃費が悪く、航続距離も短ければ搭載兵器も少なくなってしまう。経済性から軍用機としての実用化は極めて難しく、50年代から70年代にかけて欧米各国が開発を競ったものの、実現したのは英国のハリアー戦闘機だけだった。

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