1995年3月30日午前8時25分ごろ、警察庁の国松孝次長官(57)が東京都荒川区の自宅マンション玄関前で、白マスクの男に短銃のようなもので銃撃された。男は現場から逃走した。国松長官は腹部や足などに銃弾を受け、重傷。文京区の日本医科大付属病院の高度救命救急センターに運ばれ、銃弾の摘出など八時間以上に及ぶ手術を受けた。
国松長官は、オウム真理教事件で全国の警察に徹底捜査を指示するなどしていた。警視庁は全国の警察組織のトップを狙っていることから、警察への挑戦を目的とした犯行とみて、南千住署に公安部長を本部長とする捜査本部を設置し、事件の背後関係などを調べている。
調べによると、国松長官は15階建てマンション6階の自宅から1階に降り、迎えの専用車に乗るため玄関を出たところを撃たれた。国松長官は玄関から5メートルほど離れた路上で倒れていた。犯人は、出勤のため玄関から出てくる国松長官を待ち伏せしていたとみられる。
現場はJR南千住駅から北西へ約一キロの大きなマンション。国松長官は東大法学部卒業後、61年4月警察庁に入庁。警視庁公安部長、兵庫県警本部長、警察庁刑事局長などを歴任。94年7月、同庁長官に就任した。(1995年配信の記事を再構成。肩書き・名称、年齢はいずれも記事配信当時)
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