特集:依存症からの回復を目指して 特集2―②
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<入所者の経験談>

パチンコしながらスマホで競馬 ~うつ状態、薬物自殺も考えた~

 ギャンブルを始めたのは17歳の時です。友達に連れられて競馬をしたのですが、外れたのが悔しく、その後一人で行くようになりました。専門学校に入ってからは、仕送りを受けながら数千円単位で賭けていましたが、21歳で看護師になると加速していきました。


ひりつくような感じ

 10万円、当たっていれば100万円という単位を1日、2日で使うのが当たり前でした。給料は30万円くらいでしたが、その日のうちに使っていました。右手でパチンコしながら、左手で携帯を使って競艇をし、次に競馬や競輪。家に帰って夜11時からFXを朝まで続けました。土日が休みでしたので、朝から2日間、ほぼ寝ずにギャンブルをしていた時期もありました。

 あのひりつくような感じというか、競艇、競馬で予想している時から楽しくて、やめる気もなかったです。

 おととしの4月から働き始め、翌年の3月に母の通帳からお金を取りました。監視カメラに写り、母親から「どうしたの」と言われ、借金とギャンブルを初めて打ち明けました。


電気ガスを止められる

 どうにかしなくてはいけないと思っていましたが、どうしたら解決するのか分かりませんでした。母親から「やめなさい。施設に行きなさい」と言われましたが、「そんなことをいちいち言わないでくれ」という気持ちが強かったです。

 自分はギャンブルをしたい強い気持ちがあり、親はさせたくない。解決方法が分かりませんでした。3月に母親にばれたころから借金が増え、職場、友達、親からの窃盗がどんどん増えていきました。友達はおそらく分かってたと思います。

 すさんだ生活でした。電気、ガスが止まった中で3カ月くらい生活しました。優先順位はギャンブルが1番。1000、2000円が惜しくて、それを公共料金に使う気がありませんでした。



本当にしたかったこと

 自殺したくなり、うつ状態になっていきました。死ぬことができる薬品が職場にたくさんあり、それを見るたびに「いつにしようか」と思っていましたが、最後は給料を使い切って母親に電話し、「どうしようもなくなった」と話しました。母が施設に連絡し、グレイス・ロードにつながりました。「最初ここに来た時はすごい顔してた」と言われます。23歳でしたが、その歳には見えなかったといいます。

 グレイス・ロードで1年を過ごし、過去のとらえ方が少しずつ変わりました。それまでは「ギャンブルをしても自分の人生だからいいや」と思っていましたが、自分が傷つけた母親だったり、父親だったり、姉、職場の人だったりについて考え始めました。


自分だけじゃない

 本当にしたかったのはギャンブルではなく、普通に遊んだり、友達と食事したりするのが大事と思えてきました。それを大事にして生きていきたかったのですが、ギャンブルにおぼれ、できなかったのです。

 グレイス・ロードに来る前は一人で抱え込んで孤独でしたが、ここでは自分の話ができます。同じ境遇、同じ思いをしている仲間がいっぱいいて、過去の境遇を仲間と重ね合わせると自分の気持ちが楽になります。自分だけじゃないと感じさせてもらえます。借金は今もあります。

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