図解
※記事などの内容は2018年7月14日掲載時のものです
東日本大震災の被災地の「現実」を緻密に描き、新人作家の登竜門とされる芥川賞の候補に選ばれた話題作「美しい顔」をめぐり、既刊書籍との類似表現問題が浮上している。参照した他の作品の著者や被災者への配慮を欠いたとの批判や、小説執筆に際する表現作法を問う声が出版界の内外で上がる。
同作は北条裕子さん(32)のデビュー小説で群像新人文学賞を受賞し、文芸誌「群像」(講談社)6月号に掲載された。津波を生き延びた女子高生の心の揺れを生々しく描くが、作者自身「被災地に行ったことは一度もない」と語る。執筆のため参照した石井光太さん(41)のルポ「遺体」(新潮社)をはじめとする作品も参考文献として作中に明記しなかった。
「遺体」との比較では、遺体安置所に遺体が並ぶ様子を「ミノ虫」に例えるなどの表現が類似しており、新潮社は「単に参考文献として記載して解決する問題ではない」と批判。これに対し、講談社は参考文献の未掲載は謝罪したものの、表現の類似は「一部の記述に限定される」「著作権法に関わる盗用や剽窃(ひょうせつ)などには一切当たらない」と主張する。
北条さん自身もコメントを発表。単行本刊行時に参考文献を記せばよいと考えていたとし、「参考文献の著者・編者、現地の取材対象者に、敬意と感謝の気持ちを伝えるどころか、とても不快な思いをさせた」と陳謝。一方で新潮社が求める類似表現の修正については明言していない。
インターネットを中心に「盗用」「剽窃」との批判も存在するが、講談社は「作品の価値が損なわれることはない」と全文をホームページで無料公開。候補辞退の考えはなく、芥川賞を主催する日本文学振興会も「候補作に変更はない」とする。
本作の主要テーマの一つは、被災地の現実を外部の人間が既存メディアなどを通じ、あたかも情報消費の素材のように扱うことへの違和感。この種の感情をより「リアル」に描くためとして、現地を直接取材せず、メディア由来の素材を編集して使用することの文学的評価も大きな論点となる。
これら本質的問題について、日本の文学界を代表する選考委員らがどんな評価を下すか。18日の選考会が注目される。
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