図解
※記事などの内容は2018年9月14日掲載時のものです
2008年秋のリーマン・ショックは実体経済に波及し、世界的な需要の蒸発を招いた。バブル崩壊後の長期低迷から脱しつつあった日本の産業界も直撃を受け、トヨタ自動車や日立製作所などが巨額赤字を計上。経営者は資本増強やリストラで生き残りに奔走した。危機を乗り越えた企業も、10年を経て激変した世界で苦闘している。
◇努力で防げず
「経営努力では防ぎ切れない」。当時研究開発担当の専務だったマツダの金井誠太相談役は、12年3月期まで4年連続の連結純損失に陥るきっかけとなったリーマン危機当時をこう振り返った。
09年1月の貿易統計によると、日本の輸出額は3兆4778億円と前年同月からほぼ半減。需要蒸発を目の当たりにした企業は萎縮し、減産や設備投資の圧縮に走った。09年3月期には日立が7873億円、トヨタが4369億円の連結純損失を計上し、企業業績は1970年代の石油危機時を超える厳しさを記録した。
増資で財務健全化を図る企業も相次いだが、1株当たりの価値が下がるため既存株主は反発。日立の投資家向け情報提供(IR)担当執行役常務だった日立総合計画研究所の葛岡利明会長は、増資に理解を求めるため海外の投資家を訪ねた際、「なぜこんなに株価が安い時に増資をするんだ!」と罵倒されることもあった。葛岡氏は「(取り沙汰されていた)二番底が来たら会社がつぶれ、30万人以上の従業員や家族が路頭に迷う」と悲壮な思いで説得に当たったという。
マツダも「スカイアクティブ」と呼ばれる走行性と環境性を兼ね備えた次世代エンジン技術などへの開発費用を増資で賄った。危機の余波が残る中、社内には慎重論もあったが、金井氏は「生き残るためには避けて通れない」と説いて回った。
◇電機にとどめ
リーマン危機は、既に衰退の兆しが見えていた日本の総合電機にとどめを刺した。好不況の波が激しく、迅速な投資判断が必要な半導体でも、社内調整を重視する日本企業の弱点が露呈。NECと日立の半導体事業を統合したエルピーダメモリは、公的資金による延命策もむなしく、12年に破綻し米半導体大手に買収された。
テレビやパソコン、携帯電話といった消費者向け製品ではコスト競争力で勝る韓国や台湾、中国勢が台頭。日立など日本の総合電機は、遅まきながら選択と集中へとかじを切った。葛岡氏は「不得意なものに力を入れ、(他社と)競争していく財務余力がなくなっていた」と打ち明ける。
自動車メーカーはリーマン危機後も国際競争力を保ち、日本経済をけん引してきた。マツダもリーマン直後に断行した投資が実を結び、17年度は過去最高の世界販売台数を記録している。
ただ、自動車産業では、自動運転や電動化など「100年に1度」の変革が進行中。米グーグルなど異業種も交え、これまでとは次元の違う競争が待ち受けている。野村総合研究所の晝間敏慎上級コンサルタントは「自動車も分岐点を迎えている」と指摘する。変化への対応を誤れば、総合電機と同様に衰退する懸念がある。
◇将来ビジョンと計画が大事=金井誠太氏(当時マツダ専務)の話
リーマン・ショック当時は、多車種を効率的に開発・生産する「モノ造り革新」を始めて2年がたち、かなりの手応えを感じていた。費用削減の工夫はしたが、長期的に考えて、改革を止めなかった。改革開始が1年遅ければ見直しに追い込まれたかもしれず、運が良かった。
2009年には、次世代エンジンの開発資金などに充てるため増資を実施。社内には不安の声もあったが、かなり前からプランをつくっており、付け焼き刃ではなかった。生き残るためには避けて通れなかった。
リーマン危機や東日本大震災などは、経営努力では防ぎ切れない。次に起きたらどうするかを考えるより、10年後のビジョンをしっかり持ち、実現の計画を立てることが大事だ。それを根こそぎ変えるとしたら、戦争など想定以上の事態。米中の貿易摩擦もビジョンを変えるほどではない。
◇肌感覚で分かってなかった=葛岡利明氏(当時日立製作所執行役常務)の話
2008年9月のリーマン・ショックの発生直後は実体経済にどう影響するのか、肌感覚として分かっておらず、翌月には09年3月期の営業利益予想を上方修正したぐらいだ。年が明けると、約1000社のグループ企業から見通しの下方修正がどんどん報告され、繰り延べ税金資産も吹き飛んで、同期は純損益で7873億円の赤字となった。
それまでは業績の悪い部門があれば良い部門もあり、収益は安定していた。だが、危機時は全部ひどく、背中を押されて事業構造改革を決断し、赤字事業から撤退した。不得意なものに力を入れ、(他社と)競争していく財務余力がなくなっていた。株主資本比率が大きく傷み、公募増資も決めた。投資家から罵倒されたが、(取り沙汰されていた)二番底で会社がつぶれれば30万人以上の従業員が路頭に迷いかねなかった。トップ以下、社内に経営への緊張感が広がる契機となった。
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