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この冒険スキーをしようと思ったきっかけは、アラスカに住む登山家のジョン・スベンソンさんの魅力的な一言を聞いたことでした。
「ヨシ、僕の家の近くにすごい氷河があって、そこには数え切れないほど未踏の山があるんだ。そこで冒険スキーをしたら、きっとファンタスティックだよ」
ジョンさんの提案に心を動かされ、私はモンゴル無名峰の滑降を成功させた翌年の1994年夏にアラスカへ調査に出かけました。私は冒険スキーの舞台を決めると、必ず本番の1年ぐらい前に調査をします。自分の目で見ることは成功への第一歩です。費用がどのぐらいかかるかを調べるのも不可欠。資金面の支援をしてくれるスポンサーを探すにしても、氷河へ荷物を運ぶセスナ機のチャーター代や、ヘリコプターの輸送費用を計算しなければ始まりません。交渉次第で、どこまでコストダウンできるかも大切なことです。
氷河の調査を済ませて1年後、1995年の夏に本番を迎えました。7月末、暑い日本を後にしてアラスカへ。東京からシアトル経由でジュノーまで行き、そこから6人ほどしか乗れない小型セスナ機に乗り替えてヘインズという小さな町へ向かいました。
〔写真〕1年前の調査に行った時、テストスキーで飛んだクレバスジャンプ越えに挑んだ。 【時事通信社】