スクロールで次の写真へ
日本人のルーツといえば、すぐに連想する場所。冒険スキーの第6弾の舞台は、素朴な興味からモンゴルと決めました。
1992年6月中旬。冒険スキーで滑る山を調査するために中国の北京から列車でモンゴルのウランバートルを目指しました。北京の駅に向かう途中で、あちこちに出店があり、忙しく働いている人たちを見ました。そこで盗みでもしたのか、誰かが男たちに囲まれて小突かれていました。警察官もいません。私とサポートの金井さんはその様子を横目で見ながら駆け足で通り過ぎました。北京の第一印象は、随分とエキサイティングな街だということでした。
北京駅は、大きくて殺伐としていました。あの有名なシベリア鉄道に乗るために、ウランバートル行きの個室切符を購入。山の調査で使う現金をそれなりに持ち歩いていたので、身の安全を考えて少し高いけれど個室のチケットを買ったのです。
出発の案内も合図もなく、列車は意外にも時間通りに出発。そして中国の内モンゴル地区に入ると、突然景色が変わりました。窓の外には砂漠が広がり、その向こうに地平線が見えます。日本にはない雄大な景色に感動しました。時間がたって飽きてくると、今度は砂嵐に突入しました。窓の隙間から細かい砂が列車の中に入って来るのです。備え付けの毛布で必死に隙間をふさぎました。悪戦苦闘するうちに、中国の国境を越える手前の二連駅に着きました。
〔写真〕砂漠の地平線が続く、内モンゴルの景色。(1992年06月撮影) 【時事通信社】