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欧州大陸で第2次世界大戦が始まったことを受け、米陸軍航空隊は1941年、米本土から欧州の敵国を直接攻撃できる超長距離爆撃機の開発計画をスタートさせた。当時の技術力では、そこまで長大な航続力を持つ爆撃機を製造することは困難だったが、もっと難しいのは、その爆撃機を護衛する戦闘機の開発だった。機体が小型で乗員も少ない戦闘機に爆撃機並みの航続力を期待するのは無理だと考えた米陸軍は、爆撃機並みの航続力を持つ母機の内部に小型の戦闘機を搭載し、必要に応じて発進・収容する「寄生戦闘機」を開発することにした。ただ、超長距離爆撃機の開発自体が遅れ、寄生戦闘機の構想が具体化したのも第2次大戦終了後の46年11月だった。
マクドネル社が製造した試作機XP85は、開発中の超大型爆撃機B36の爆弾倉に収納できるよう、全長5メートル、全幅6.4メートルのサイズにまとめられた。エンジンには、推力1360キログラムのJ34WE7遠心式ターボジェットを採用。何とか飛行可能な形態にはなっているが、サイズの制約からエンジンの上にパイロットが座り、その両脇に主翼を取り付けたような格好になってしまった。地上でのテスト後、名称がF85に変わった48年8月、爆弾倉を改造したB29爆撃機に搭載されて初飛行。母機からの切り離しと発進には成功したものの、回収には失敗してしまった。
写真は、台車に乗せられたF85(米空軍提供)。爆撃機から発進し、空中で収容されることを前提にしていたため、降着装置は装備せず、緊急着陸用のスキッド(そり)が胴体下に納められていた。F85には「ゴブリン(小鬼)」という愛称が付けられた 【時事通信社】