祝!殿堂入り 炎のストッパー津田恒実さん 写真特集

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 2012年の野球殿堂入りが13日、東京ドーム内の野球体育博物館で発表され、競技者表彰のプレーヤー部門で、広島の抑え投手だった故津田恒実(本名恒美)さんが、同じ広島のエース先発投手だった北別府学さん(54)とともに選ばれた。監督や審判が対象のエキスパート部門は該当者がなかった。これで殿堂入りは計177人になった。
 津田さんは現役途中で先発から抑えに転向すると、持ち前の速球を武器に闘志あふれる投球で「炎のストッパー」と呼ばれる活躍を見せ、1989年には最優秀救援投手に輝いた。しかし、93年に脳腫瘍のため32歳の若さで死去。現役生活は10年で終わった。
 北別府さんは抜群の制球力を武器に、広島初の通算200勝を達成し、最多勝と沢村賞をそれぞれ2度獲得した。

◇北別府 学(きたべっぷ・まなぶ) 宮崎・都城農高から76年にドラフト1位で広島入団。3年目に10勝を挙げ、この年から11年連続で2桁勝利をマークした。79年に17勝11敗、80年に12勝5敗の成績を残し、広島の2年連続日本一に貢献。82年と86年に最多勝、沢村賞、ベストナイン。86年はリーグ最優秀選手にも輝いた。92年、球団初の通算200勝を達成。94年、カープ一筋で現役を引退。通算213勝141敗5セーブ、1757奪三振、防御率3.67。54歳。鹿児島県出身。

◇津田 恒実(つだ・つねみ) 山口・南陽工高から協和発酵を経て、82年にドラフト1位で広島に入団。11勝6敗をマークして新人賞に輝いたが、その後は血行障害などに苦しんだ。抑えに転向した86年は22セーブでリーグ優勝に貢献し、カムバック賞を獲得。89年には防御率1.63、12勝5敗28セーブで最優秀救援投手となった。91年の開幕直後に脳腫瘍があることが判明し、この年限りで引退。通算49勝41敗90セーブ、防御率3.31。93年に32歳で死去。山口県出身。



 野球殿堂入りした北別府学さん(左端)と、故津田恒実投手の写真を持つ晃代夫人(右から2人目)と長男の大毅さん(同3人目)。右端は山本浩二さん、左から2人目は古葉竹識さんの元監督2人=2012年1月13日、東京・文京区の野球体育博物館(2012年01月13日) 【時事通信社】

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