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太平洋戦争末期の1945年8月8日、ソ連は突如、日本に宣戦を布告した。翌9日にはソ連軍機甲部隊が国境から南下を始め、またたく間に満州(現中国東北部)や朝鮮半島北部を制圧した。写真は満州国のハルビン市に入城するソ連軍戦車部隊[ロシア国立写真・映像公文書館提供]。
日本はソ連と満州国の国境地帯に、精強で知られる関東軍を置いていたが、太平洋戦争も後半になると、関東軍主力は南方戦線に引き抜かれており、戦闘力は著しく低下していた。
ソ連は対独戦が終了してから、機甲部隊を中心とした大部隊を満州国との国境に配置。宣戦布告後、国境からなだれ込んだソ連軍は圧倒的な兵力で関東軍の残置部隊を破った。日ソ戦の戦死者はソ連側推定で日本軍8万人、ソ連軍8200人とされる。ドイツ降伏後にソ連が対日参戦することは、同年2月の米英ソ首脳によるヤルタ会談で秘密決定されていたが、国際法上は相互不可侵をうたった有効期間5年の日ソ中立条約(41年4月調印)違反と指摘されている(1945年08月撮影) 【時事通信社】