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日本サッカー協会会長、国際オリンピック委員会(IOC)委員などを務めてスポーツ界の発展に貢献した岡野俊一郎(おかの・しゅんいちろう)さんが2日、肺がんのため東京都内の病院で死去した。85歳だった。
東京都台東区出身。東大サッカー部時代に日本代表として国際Aマッチ1試合に出場。その後、西ドイツ(当時)に留学し、長沼健監督の下、日本代表コーチとして1964年東京五輪ベスト8、68年メキシコ五輪銅メダルに貢献した。70、71年には日本代表監督を務めた。
日本協会では87年から副会長。98年に会長に就任して2期4年務め、2002年にはアジア初開催となったワールドカップ日韓大会を成功させた。05年に日本サッカー殿堂入りした。
日本オリンピック委員会では長年、理事として活躍。語学に堪能で、90年からはIOC委員を務め、98年長野冬季五輪招致などに携わった。
写真は、ワールドカップサッカー(W杯)日本代表チームの健闘を称える会で、日本サッカー協会の岡野俊一郎会長(右)と手を取り合うフィリップ・トルシエ前監督=東京・港区の東京プリンスホテル(2002年07月08日) 【時事通信社】